脳外科 resident notes

若手脳外科医による(基本的に)脳外科レジデントのためのブログ。病気のことや手術のことについて語ります。

マイクロカテーテルの「テンション」について

 

動脈瘤コイル塞栓術におけるマイクロカテーテル操作について言語化してみます。

血管内治療初心者向けの内容です。

 

 

カテーテルのshapingについては今回は置いておいて、瘤内への誘導とコイルを入れていく際の考え方です。

システムについても今回は触れません。ガイディングやDACがしっかり上がって安定したところからの話になります。

 

 

 

マイクロガイドワイヤーとのコンビネーションでマイクロカテーテルを上げていくことになるわけですが、当然どちらも柔らかいものなので、血管の内側で壁にぶつかってそこを支えにしながら進むことになります。

 

マイクロガイドワイヤー先行で瘤内にカテーテルを誘導する場合(自分は基本的にこちらの方法です)、マイクロガイドワイヤーを先に瘤内に進め、その後カテーテルをじわじわ押して先端を瘤内に収めます。

この収めた直後の状況を、「『押しテンション』がかかった状態」と言います。(今回話したいのはこのテンションの話です)

 

 

「押しテンション」状態では、マイクロカテーテルはカーブの大弯側に接触し、押せばその分すぐに先端が進む状況になっています。

 

さて、ここからマイクロカテーテルを引いていくとどうなるでしょうか。

 

カテーテルを引いても先端は直ぐには引かれて動きません。

何故なら、「押しテンション」状態ではカテーテルがたわんでいるからですね。

カテーテルを引いていくと、徐々にたわみが無くなっていき、カテーテルは小弯側に当たって最短距離を取るようになります。

そうなって初めて、カテーテルを引くとそれに連動して先端も動きます。

 

この先端も引かれて動き始める直前の状態を「『引きテンション』がかかった状態」と言います。

 

 

マイクロカテーテルの先端の位置が同じでも、実は「押しテンション」と「引きテンション」の状態があり、さらに言えばその中間に無限の連続変数的な状態があることになるわけです。

(押しテンション気味の中間テンション、引きテンション気味の中間テンションなどなど)

 

 

そのことを理解したら、次はそれぞれのテンションの状態の特徴を押さえていきましょう。

 

 

・押しテンション

マイクロカテーテルが最も血管の中で安定している状態です。コイルを入れていく際に、カテーテルがkick backしにくく、容易には動脈瘤外に抜けない状態であり、安定感があります。

逆に、少しの力で先進してしまうため、動脈瘤穿孔のリスクは最も高い状態と言えるかもしれません。

先端は進んでいないのに過剰に押しテンションがかかっている状態になると、jump up(突然カテーテル先端が跳ねて先進する)のリスクがあるのでこちらも注意が必要です。

カテーテルだけで進めるとその状態になりやすいですね。きちんとガイドワイヤーに沿わせて1対1対応で先端が動くことを確認しながら進めればこれは避けられます。

 

・引きテンション

こちらは逆に少しの力でカテーテルが引き戻される状態なので、最も不安定です。コイル塞栓中カテーテルは容易にkick backします。カテーテル内にコイルやワイヤーを通す際の負担だけでカテーテルが落ちてしまう可能性もあります。

ある意味、コイルに力がかからないため、一番自由にコイルのポテンシャルを発揮できるpositionかもしれません。

カテーテルが先進するにはこの状態からかなりカテーテルを押す必要があるため、動脈瘤穿孔のリスクは非常に低いと言えます。コイル塞栓中の瘤壁にかかる負荷も小さいでしょう。

 

・中間テンション

押しテンションと引きテンションの中間的な特徴を示します。

 

 

前述した通り、マイクロガイドワイヤー先行で誘導した場合はマイクロカテーテルは誘導直後「押しテンション」になりますし、neckを越えて引いてきてはめる形で誘導した場合は誘導直後「引きテンション」になります。

 

 

後は、どういう状態でコイルを入れていくかは術者次第ということになります。

(「押しテンション」で誘導した場合は少しマイクロカテーテルを引いてたわみを取ってからコイルを入れる、逆に「引きテンション」で誘導した場合はマイクロガイドワイヤー沿いに少し押しておくとか。) 

 

まあテンションをどう使っていくかは色々なstrategyがあるかと思われますので今回触れませんが(framingとfillingでも違うでしょう)、こういったポイントをしっかり意識することで、再現性のある(たまたま上手くいった、ということではない)血管内治療を行えるようになるのかな、と思います。

 

後、これはLvisやflow diverterなどのbraided stentを展開する際にも大事な感覚なので、しっかり押さえておきましょう。

 

静脈洞血栓症

 

静脈洞血栓症の病態はそこまで難しい訳ではないですが、ちょっとその捉え方、治療の考え方に分かりづらいところがあるのかなと思ったので取り上げてみます。

 

 

病態、現象としては単純で、静脈洞に血栓ができる病気です。

原因には先天性の凝固異常や外傷、経口避妊薬内服、抗リン脂質抗体症候群、特発性など色々あります。

要は「線溶系<凝固系」となり、静脈内に血栓が出来てしまう病気ですね。

その辺の疫学的、教科書的なことは成書に譲るとして、しっかり疾患のイメージを持てるようにしましょう。

 

 

比較的若い女性で、頭痛があって、CTで周囲にlowを伴う少し変わった皮質下出血を認めたり、両側性に出血していたり、出血はさほどないのに意識障害が強かったりした際にこの病気を疑います。(もちろん男性、高齢者患者も割合が少ないだけでいます)

けいれん発症もいます。出血がなく浮腫も目立たない場合、頭痛と意識障害だけ、みたいなこともあります。

個人的な経験からしても結構鑑別から抜けがちで、当たり前ですが疑わないと診断がつかないので要注意です。

 

 

静脈洞が詰まると何が起きるかというと、もちろん血液の流れが滞ります。

動脈 → 組織(この場合は脳) → 静脈 という流れの出口の部分が塞がるとどうなるかというと、当然静脈圧が高くなるので、正常な灌流が障害されることになります。

すると、組織(脳)にブドウ糖と酸素が必要量送られてこないことになるので、その部位に応じた巣症状が出現します。

これを「静脈性梗塞」と言います。普通の動脈性梗塞とは症状の出方は同じでもちょっと状況が違う訳です。

 

同時に、うっ血のような状態になり、間質液が増加することで脳浮腫を来します。

 

詰まる静脈洞が下流の方であったり(SSSの後ろの方やconfluenceの辺りなど)、広範囲(長距離)であったりして、静脈性梗塞や脳浮腫の範囲が広くなると、当然頭蓋内圧が亢進します。

また、広範に脳機能が落ちることで巣症状に留まらず意識障害も出てきます。

ガレン大静脈や直静脈洞などの深部静脈系が詰まることでも意識障害は来しますね。

同時にけいれんも起こすことがあります。

 

 

ちなみに、閉塞した静脈洞に静脈血を流していた上流にあたる脳組織全てが静脈性梗塞に陥るかというと、そうではありません。

近傍の別の静脈に流出するようになったり、静脈のネットワークを介して別のドレナージルートを確立することで何とか耐えられる部分は耐えてくれます(頭側のSSSに抜けるところをSSVやLabbeを介して前方や背側に抜けるなど)。

他に逃げ道が全くないcoreの部分が静脈性梗塞に陥るというイメージです。

 

また、当然静脈性梗塞が起きてうっ血すると、脳組織は脆弱なので出血を起こすこともあります。出血性梗塞ならぬ出血性静脈性梗塞なんて単語は今初めて使いましたが、そういう感じですね。

 

 

静脈洞血栓症と言ってきましたが、皮質静脈(架橋静脈)だけ詰まることもあり得ます。引き続いて起こる現象の考え方は同じです。

 

また、「詰まる」「閉塞する」と表現してきましたが、実は完全に閉塞している訳ではないこともあると思います。血栓の隙間に若干の静脈流出路が残されているパターンです。(この辺、何の根拠もない個人の意見なので聞き流してもらって構いません)

まあこの微妙な流出路の残存に関しては、あってもなくてもどちらにしろ静脈圧の上昇 → 灌流障害 → 静脈性梗塞の流れは起きるのであまり関係ないのですが、治療のところに少し関わってくるのではないかと思っています。

 

 

この疾患の病態、イメージ、ゲシュタルトがしっかり確立できたでしょうか。

 

 

治療法に移りますが、イメージが出来ていれば治療の基本も分かるはずです。

そう、「抗凝固療法」です。

基本的には詰まっている静脈を通すことでしか病態は改善しません。

 

特に、大きめの静脈洞が閉塞していて、出血は来していないような場合は迷うことなくまずヘパリン投与です。

「線溶系≦凝固系」となっているところをまずは「線溶系>凝固系」としてあげるわけです。

完全に閉塞している静脈洞では効果は限定的だと思いますが、先述したように微妙に流出路が残っている場合、そこにヘパリンが通ることでそのルートに沿った血栓をわずかずつながら溶かしてくれて状況が良くなるということはあると思います。

 

 

では、既に静脈性梗塞に続いて出血を来してしまっている場合どうするか。

この場合も基本的にはヘパリン投与です。

「出血しているのにヘパリンなんか投与して出血が拡大したらどうするんだ」と思うかもしれませんが、静脈系が閉塞したままの方がますます出血が拡大する可能性があるとも言えますし、「線溶系≦凝固系」を放置することでより血栓が生じてさらに病状が悪化する可能性もあるわけです。この辺のイメージは大事だと思います。

 

ちなみに脳卒中ガイドライン上もcontroversialではありますが、静脈洞血栓症に対するヘパリン投与は出血がある場合でも否定はされていません。(2021では推奨度Bです)

まあ、開始するタイミングや量など、総合的に個々の症例での判断にはなりますが、「出血しているからヘパリンは投与できない」と考えてしまうのは大きな間違いということです。

 持続的に出血している状況でヘパリンを投与するのは危険ですが、止血を確認した後なら、静脈洞血栓症ではほとんどの場合でbenefitがriskを上回ると思います。

 

 

ヘパリンをもう少し掘り下げると、「積極的な抗凝固」と「控えめな抗凝固」があると考えています。

積極的な方はしっかりAPTTが基準の2倍以上になるように管理しつつそこそこの用量を投与するという要は通常使用の場合ですね。

もう一つは、控えめな量を投与することで「積極的に血栓を溶かしにいくわけではないけどこれ以上の血栓形成は抑制する」という状況を作る場合です。8000~12000U/24hぐらいのイメージです。

このちょっとだけ線溶系に傾けておく、という感覚は実臨床では使えるんじゃないかと思います。

 

血管内治療の時のヘパリンはしっかり効かせる方ですね。血管内に異物があると当然凝固系が優位になって血栓症が起きるので、それを抑制するために術中ヘパリン化が必要になります。

 

 

で、ヘパリンを投与してもあまり状況が改善しない場合、かつ意識障害を呈していたり頭蓋内圧亢進があったりするような静脈洞の閉塞がある場合は、可能であれば、今の時代迅速かつ積極的に血管内治療で静脈洞を通しに行くことを考えても良いのではないかと思います。これも、病態を考えればそれを改善させる治療として有効な可能性が高いですよね。

 

その方法については色々報告されてますが、最近の大口径吸引カテーテル(+ステントリトリーバー、PTAバルーンなど)を使うと良さそうです。

(2020年のJAMAのRCTでは有効性が示されませんでしたが、使っているデバイスが微妙なので…)

 

静脈洞へのapproachは動脈系とはちょっとコツが異なるので注意が必要ですね。静脈洞内にはところどころ隔壁が存在し、これを場合によっては突き破ったり壊しながらいくようなこともあるので、あまりに柔らかいワイヤーやカテーテルだと十分上げられないことがあります。

 

ここで大事(だと個人的に思っている)なことは血栓を全摘する必要はおそらくないということです。

根こそぎ出来る限り取るという方針もあるかもしれませんが、先述したとおり、きちんとある程度の抗凝固を効かせていれば、多少なりとも再開通させることでそれがきっかけになって流出路が広がっていくと思われますので。

 

 

こんなところでしょうか。

 

最後に、経験上、割と激しい静脈性梗塞と出血に見えても意外とリハビリで症状が改善することが多い気がしています。

理屈が判然としませんが、同じような動脈性の出血とはどうも神経系の障害のされ方が異なるようです。単純に患者層が若いということもあるかもしれませんが……

そのように若い方に多い病気でもありますので、時期を逸せず後悔のない急性期治療を行いたいものです。

 

ではでは。

 

 

シルビウス裂開放のコツ

 

本来なら内容的にもっと早めに取り上げても良かった内容なのですが、なかなか言語化するのが難しかったテーマ。

 

sylvian fissureを開けること自体は何となくで出来ていたのですが、効率が悪い感じがしていたり、上手くいくときと難渋するときがあったりで最善手が分からないというのがずっと本音でした。

今更になって何となく正解が見えてきたので書いておきます。

 

 

まず、すんなり上手くいくときとそうでもないときで何が違うのかを考えてみると、sylvian fissureが開けやすいかどうか(前頭葉と側頭葉の癒着が少ない、前頭葉が側頭葉側に張り出していない、bridging veinや深部静脈の走行がrouteの邪魔にならない)に依存していることに気が付きました。

これは当たり前ですね…。

 

で、難しい部分があるとなぜ上手く開かないかと言うと、結局そこが開けられないからです。これも当たり前。

 

以前は「開けやすいところから開けていけば効率が良く、最終的にfissureは上手く開くんだ」と思っていたのですが、実はそうではないということです。このことを銘記する必要があります。

 

難所があってもそこから逃げずに、開けるべきところを着実に開けていくことが出来れば、それが結局安定して素早くfissureを開放できることに繋がります。(これも当たり前と言えば当たり前か) 

 

 

一方で、どんなに難しい部分を攻略できる技術があっても、本筋と関係ないところばかりチマチマやっていては時間がかかってしょうがないというのも分かりますよね。

 

要するに

「① fissure解放のstrategy」+「② 難所でも着実に剥離が可能なskill」

 の両方が揃って初めて安定して手早くsylvian fissureが開けられるということですね。

 

fissureが上手く開いていかないときの原因は、上の2点のどちらかの問題に集約されます。

 

 

さらに、

難所が打開できない = 技術不足(下手)

と言ってしまえはそこまでですが、大抵の場合、それは

切ろうとしている場所に上手くテンションがかかっていない(結果、見えないし切れない)

が原因ということにも気が付きました。

 

 

前置きはこのぐらいにして…

 

 

まず、① strategyについて簡単に。

 

いきなり要点を言ってしまうと、

手術の目的・コンセプトを明確にする → そのために必要なapproachを決める → それを達成するために開くべきところを開く

という話です。

 

コンセプトが分かっていれば、切るべきところも自然とはっきりしてきます。

適当に目の前にある組織や膜を切っていくのではなく、しっかりと目的をもって操作することが大事です。

とにかく開けるべきところを開ける。要らないことはしない。

 

まあこれだと抽象化・一般化しすぎでしょうか。言いたいことはそういうことなのですが。

 

sylvian fissureを開ける際の手順を細分化してみると、

SSVと前頭葉か側頭葉の間の剥離(SSV間もあり) → 前頭葉と側頭葉の接した部分の剥離 → cistern内のくも膜小柱(frontal lobeに行く枝のtemporal側、temporal lobeに行く枝のfrontal側)の剥離 → baseの静脈流入部の剥離(→ ICA-Ⅱ complex周囲、frontal lobeとbaseの剥離 →……)

といった感じになりますが、自分の操作が今どのstepで、何をするために何を切っているのかを理解しながら進めることが重要ということです。

 

この辺りもっともっと全然掘り下げられますが、この記事で書きたかった本題は次の内容なので今回は流します。

 

 

 

② skillについて。

切るべき場所(fissureを開ける際のstrategy)、順番が分かっているとして、あともう一つ大事な点としては、さっきも言いましたがとにかく「切る場所にしっかりテンションをかけること」です。これに尽きます。

 

ピンと張った、くも膜・くも膜小柱を切るのが容易なのは当然理解されていると思います。

難しい状況というのは、大抵切りたいくも膜にテンションがかかっていないために、近接する静脈を傷つけたり、そもそも見えていないので切る場所が分からなかったり、という状態です。

テンションをかけるということはその対象を可視化する、ということにも繋がるので、2重の意味で大事な操作になります。

 

見えて張っていればそれは切れる訳ですから、fissureの開放というのは、脳ベラと吸引管をいかに上手く使って切るべき場所を可視化するかの勝負なんですよね。

 

 

切る場所にテンションをかけるのに重要なのが、「脳ベラ」と「吸引管」です。

  

 

ところで、テンションをかけるとはどういうことでしょうか。

考えてみるに、ある部位に対して相対する方向に力がかかっている状態を作ること、と言えるんじゃないかと思います。(ベクトルのパターンは無限にありますね)

 

王道としては、脳ベラで右側を押さえ、吸引管で(吸引するかretractして)左に引くことでテンションを作るパターンでしょう。

このような理想形を押さえておくことは大事で、困ったらその定石を思い出してそこに落とし込んでいけばいい訳です。(そうはいかない状況も沢山ありますが。)

これだけでとりあえず操作の方向性が見えてきます。

ちなみにこの定石(ある状況とそれに対するテンションのかけ方、対応)、おそらく一般化していけば10種類以内にまとまります。意外とパターンはそんなに多くないと思います。(これで一記事書けますが、さすがに絵がないとキツいか…)

 

 

脳ベラと吸引管の役割を改めて確認しておくと、

脳ベラ:視野の確保 大まかなテンション維持 吸引管のcounter

吸引管:局所のテンション・ベクトル調整

といった感じでしょうか。

 

 

脳ベラを思い通りにかけるのは実は意外と最初は難しく、ここは慣れが必要な部分で、つまずきやすいところかなと思います。ただ、必須の手技です。

脳ベラの種類によってセッティングのコツなどあると思うので習熟しておきましょう。

 

 

脳ベラは初手は脳表を引くことになりますが、fissureを開いて中に入っていくにつれて当然脳ベラもfissureの中に入れていくことになります。

進入していく方向と平行に脳ベラを入れるようにするのが一つコツです。

 

脳ベラは別に前頭葉を引くでも、側頭葉を引くでも、常に右側の脳を引くでも、左右両方引くでも何でも良いと思います。その場その場でベストは変わりますが、大事なのは切る場所を可視化する、テンションをかけるという原則です。 

 

 

吸引管は、特にsylvian fissureを開けるときなどは、太めのものを用いる方がいいと思います。くも膜を吸い付ける際も、ある程度太さがないと吸引力とテンションがかからないですし、retracterとして使う際にも少し太めの方が脳にやさしいですね。

 

テンションをかけたい部分よりも奥に吸引管が入る場合は、奥に入れてretracterとして使うことで簡単にテンションが得られますが、奥に入らないような状況の場合はすぐそばの組織を吸引しつつ引く必要があります。(手前を左右に引いて、奥を切る状況 インヘミで多い)

この際、組織を痛めないよう原則ベンシーツなどの上から引く方が良いです。組織との摩擦力が増すという利点もあります。 

 

 

視野を左右に横切る動脈があったとして、それをもちろん安易に切ってはいけません。大抵の場合、どこかその時点で見えていないところに続きがあり、frontalからきてfrontalに帰っていくか、その逆でloopを描いていることがほとんどです。retractをかけたり他を剥離していく内に帰属が分かってくるので、剥離してそちらに寄せておきます。

 

静脈もbridgeしてるように見えて実際は違うことが多いので(frontalの皮質静脈とtemporalの皮質静脈が繋がって見えたりとか)、判断を保留しておくことも大事です。適切にテンションをかけることで正解が分かることが多いかと思います。

ある程度太い静脈は切ると本当に静脈性梗塞になってトラブる可能性があるので要注意。本当に切る必要がある場合はクリップで一時遮断してICGなどで切っても大丈夫かどうかの判断をする必要があります。

 

 

原則として手前から奥に行く方が切りやすいので、開放する予定の範囲でなるべくdistalから入っていく方が楽です。また、十分distalから開くことで間口の広い術野が得られます。

前頭葉と側頭葉が一番接近して癒着している部分に上から最短で突っ込む(いわゆるpterional approachのルート)と難しいのですが(特に前頭葉が側頭葉側に張り出している場合)、distalからシルビウス裂の底まで潜り込んで底から切り上げる形で難所にアプローチすると割と困らずあっさり剥離することが出来たりします。distal sylvian approachのメリットですね。

 

開け始める場所は術前のシミュレーション画像などと合わせて考えることになりますが、脳表と直交する向きに突き進んで動脈瘤に当たるポイントよりも2cmぐらいはdistalから開けるのが良いと思います。

曖昧、適当な表現になってしまいあれですが、数をこなすと分かってくるところかもしれません。皮質枝が出てくるM3-4のところは少しspaceがあるので開けやすいというのも有名な話ですね。

 

frontal側、temporal側どちらを開けるかという議論もありますが、この辺はどちらかというと①のstrategyの範疇だと思うので今回はpass。

 

 

そしてテンションをかける最後の道具がマイクロ剪刀です。

刃を当てて上か下に組織を引っ張ることで最後の最後にテンションを追加できます。非常に大事なポイントです。

 

 

 

まあイラスト、動画もなしに伝えるのはなかなか難しい内容かもしれませんね。自分の中では割と整理されてきてすっきりしてきたところなんですが……

最近はopeXparkとか、動画付きのコンテンツも増えてるのでそういうのも参考にさせていただきましょう。

後は上手い人をみて研究&実践あるのみ。

 

STA-MCA bypassのコツ② 吻合編

 

 実際の手順を段階ごとに分けて、それぞれで気を付けるべき点、自分が気を付けている点を挙げてみます。注意点を網羅しきることは不可能ですし、人によって気にすべきことも違うと思いますし、流派による差もあるでしょう。その辺りは踏まえてもらった前提でいきます。

 

 

 STA parietal branchを利用したSTA-MCA single bypassを想定してみます。

 

① 皮膚切開、STA剥離

 顕微鏡下で行います。(マクロでやる流派もありますが、やはりマイクロ下の方が圧倒的に止血が確実で出血が少ないです。結局マイクロの方が所要時間も短いような気がします。)

 小円刃で真皮まで切開、フックで左右にテンションをかけバイポーラで止血しながら皮下組織をカッティングしSTAを露出させます。STAの側面から出る枝を焼き掃いつつSTA parietal branch直上を切開して左右に開き、きれいにSTAのみを剥き出しにしていきます。

 余計な組織はSTAに残さない方が、吻合時に楽です。ねじれなども把握しやすく、またなるべく組織を皮膚側に残すことは創傷治癒の観点からも望ましいです。本幹、frontal branch分岐部も確認しておきます。

 frontal branchも使うなら皮切の頭頂端を正中まで伸ばし皮弁の裏からこちらも剥離します(T字に切開してfrontal branchもcut downで剥離する流派もあります)。proximalから辿っていけば難しいことはありません。

 parietal branchの剥離は原則上側頭線を超えるあたりまで行います。これで開頭範囲内のどこにでも長さとしては繋げるはずです。

 一番遠位で切開し、ヘパリン生食で血管内を満たしてSTA parietal branch分岐部直後とdistal付近の2か所をclipでとめておきます。その後そのdonorは尾側に翻転し守っておきます。(直前まで血流温存派もいるかもしれませんが、開頭の邪魔なのと先にcutしておいてもきちんとヘパ生を通しておけば特に問題がないことからさっさとcutしています。)

 

② 開頭

 前述のlinear skin incisionで2 burr holeで開頭も可能ですし、上端から少し前に皮切を伸ばして開頭をもう少し大きくすることもできます。その辺はrecipientに応じて決めます。

 側頭筋は皮切に沿って切開し左右にsplitしたり、開頭の範囲が広いのであれば通常のpterional approachと同じように前方を骨から剥離して後方に引いたり。

 とにかくパーフォレーターやカッターでSTAを巻き込むことだけは避けるようにします。

 MMAを残す場合は骨内走行の有無を事前に確認し、sphenoid ridgeを残すような開頭にしてMMAの走行をしっかり見ながらridgeはdrillingします。

 

③ 硬膜切開

 STAが硬膜内に入っていくところは想定して切開します。

 もやもや病でEDASやらMMAを残さなければいけないような場合は色々話が変わってきますが、単なるsingle bypassではそんなに気にするところは多くありません。

 

④ recipientの同定

 ある程度術前検査でどこに繋ぐか検討しているはずですが、脳表をよく観察し、より条件の良いものを選択します。(target bypassは別)

 条件としては、動脈壁が厚そうなもの(真っ赤でなく、白みがかったピンク色をしているもの)、太めのもの、縫合しやすい向き(個人的には横よりも縦)のもの、小枝が少なくて吻合範囲が確保しやすいものなど。あと、開頭野の端よりは中心に近い方が繋ぎやすいですね。

 ICGを行うと血流遅延のある場所や、to and floとなっている場所が分かり繋ぐべき部分のヒントになったりします。状況次第ですが。

 

⑤ recipientの剥離

 くも膜切開、recipientを縫合する範囲を超えてfreeにし、裏からの枝などがあれば凝固切断します。あまりに太い枝が出ているのであればそこは避けるべきでしょう。小さく細いものはあまり焼いても問題になることはありません。枝にも別でclipをかけるという手もあります(ラバーを入れる邪魔にならない場合)。必要な長さが確保できたらゼルフォームなどを血管の下にいれ、持ち上げて少しでも浅くしておきます。グリーンラバーを敷き、針置きや針の持ち替えで使うゼルフォーム台を近くに置き、持続吸引チューブもセッティングしておきます。

 針置きは少なくとも手前には置いておくのが良いと思います。

 

⑥ donorの準備

 開頭野の上に置いたガーゼの上で行います。

 血管外膜に付着している結合織を極力除去します。吻合部から2cmぐらいは頑張った方がいいです。これを怠ると、糸が結合織にからみ結ぶ際にイライラすることになります。この辺の除去の仕方など、まさにうまい人を真似るべきポイントです。要領を得ないと無駄に時間がかかるポイントでもあります。

 fishmouthトリミングを行い、血管断端にピオクタニンを塗布して視認性を良くします。ここでピオクタニンを付けすぎてしまうのが良くあるミスですが、STAの水分を取って、ゼロピンの先端を使ってゼロピンを閉じたまま塗るといい感じになります。ここも上手い人の真似で。

 stay suture用の10-0ナイロンを2針かけておきます。通すポイントは血管の端から、血管の厚みの2倍の位置です。

 

⑦ recipientの準備

 先のガーゼを外しdonorを近くまで移動させた上で行います。この時点で術野の水分が持続吸引によってコントロールされており、また血が垂れ込んだりしていないことをしっかり確認します。(大事)

 donorの径に合わせてrecipientにもピオクタニンでマークします。この際、donor径よりほんの若干長めにマーキングするところがポイント。そうすることでstay sutureを置くとrecepientが長軸方向に少し寄せられ、内腔が開きやすい状態になります。

 donorとそこに通っている針を良い位置に置いたらrecipientの両端をclipして血流遮断します。この際、clipはできれば吻合面に平行に(ねじれないように)、逆「ハ」の字になるように入れた方がいいです。前者はstay sutureの針が通しやすくなったり、後者はclip headが吻合の邪魔になりにくくなるので。clipと吻合部の距離に余裕があればあまり関係ないですけどね。

 その後、arteriotomyを行います。自身は1㏄のシリンジをつけた注射針を使用していますが、ここも色々な流派があるでしょう。刺して穴をあける場合、clipと同じ方向でrecipientを鑷子で把持すると、内腔が縦長になるので刺しやすくなります。穴が開いたらマイクロ剪刀で切開しますが、ハサミの向きとarteriotomyの向きをしっかり合わせてギザギザにならないようにします。(多少なっても大丈夫)

 ハサミの下の刃で少しMCA壁を持ち上げるようにしながら切るのがコツでしょうか。

 

⑧ 実際の吻合

 練習の成果を思う存分発揮しましょう。とにかく、

吻合部位に合わせて針を狙った方向に持つ → (顕微鏡最大拡)→ 鑷子を潜り込ませてSTAを持ち上げ、STAに針先を通す → 内膜確認、鑷子でカウンタープレッシャーかけて穿通 → MCAの外膜をもって持ち上げ、針の上に乗せる(あるいは針先でMCA壁を拾う) → 良いところで穿通 → MCAにカウンタープレッシャーかけて針を抜く →(同時に顕微鏡弱拡)→  針を手前のゼルフォーム台に置く →(顕微鏡中-強拡)→ 良いところを把持して結ぶ →(顕微鏡最大拡)→ 切る →(顕微鏡弱拡)→ 針を持つ

の繰り返しです。顕微鏡のズーム操作は実際は動作と同時に流れで行うのでちょっとニュアンスが違うかもしれません。

 ポイントは一針一針淡々と確実に進めていくこと。しっかりSTA内膜まで針が通っていること、MCAは裏縫いをしていないことをしっかり確認しながら行います。stay suture横は少しpitchを小さくするなど教科書的なこともやっぱり大事です。

 STAを吻合側とは逆にしっかり倒しておくのがコツです。Bemsheetなどを使って押さえてもいいので、しっかり倒しておくとSTAの内膜が見やすくなります。STAの長さに余裕が必要ですが。

 糸を切る際は、最後結び終わった後に長い方の糸と一緒に短い方の糸を把持すると、短い糸を切った後にそのまま長い方の糸も切れるので少し早くなります。(長い糸を鑷子の間に入れつつも通り越して短い糸を把持しに行く感じ… 説明が難しい…)

 STAもMCAも外膜を摘まむのは問題ないので積極的にやりやすい状況を作り出していきましょう。STA本体を把持するとかもありですよ。最終的に内腔になる部分の内膜を損傷しなければOK。

 手の位置も大事かもしれません。どうしても手が遠くなってしまうような場合は長めの道具にするとか。後は体の位置も大事で、自分が動けば45~90°ぐらいは自由があるので、別に片側吻合するごとに移動しても構わないわけです。数秒のロスにしかなりませんからね。

 術野がwettyだと糸に水がついて表面張力でくっつきイライラすることがあります。まずはそのような術野を避けることが第一ですが、そうなってしまった場合は糸をあえて通常より長めに持つと絡まりが解消されます。

 

⑨ 遮断解除

 多少の出血であれば止血剤をあてて圧迫で止まります。線状に血が吹くようであれば流石に再度遮断して追加縫合した方が良いかもしれません。

 結構STAの分枝からも出血があったりするので注意。(本来準備段階で処理されているはずですが。)

 doppler、ICGで血流を確認。ICGではMCAよりもSTAが先に造影され、その後そこからMCAが灌流されるのが確認されるはずです。(先にMCAが造影される場合、吻合部がおかしいか、STAに何かが起きているか、手術の適応がおかしいことになります。)

 

⑩ 閉創

 硬膜貫通部は緩くしておき、止血剤とフィブリン糊などでsealします。骨弁を戻す際もdonorが圧迫されないよう注意。ある程度尾側の骨削除が必要です。側頭筋も変に近位部は締めないよう注意します。

 最後までdopplerで血流の確認。

 創はしっかり皮下でgaleaの残りを寄せて、表皮にかかる圧を減じた上、skin staplerもしくは4-0ナイロンあたりで連続縫合します。(毛根より浅い層)

 皮下に血液や浸出液が溜まると治癒不全の原因になるのでしっかりドレーンを効かせておくか、先にgaleaと側頭筋を吸収糸でankerしておくことでdead spaceを潰しておくという手もあります。

 髄液が皮下に溜まる場合はさっさとspinal drain入れて治した方がいいかと思います。

 

 

 こんな感じでしょうか。書ききれていない気がするので思いついたらまた追記していきます。

 ちなみに自分のSTA-MCA(M4) bypassにかかる平均MCA遮断時間は今のところ24分ぐらいです(片側5-6針)。だんだん短くなっては来ているんですが…。何となく目安として20分と言われているので目標としていますが、まあ安全確実に繋ぐのが大事ですからね。雑にならないよう気を付けつつ精進します。

 

 

追記(2022/2/2)

MCAにかけるクリップの向きですが、脳表に対して立てる方向で上では記載していますが、脳表に平行に入れた方が良いかなと思うようになりました。

立てる向きのメリットとしては、その方が内腔が縦に潰れるためarteriotomyがしやすい、stay sutureの針が通しやすいという点でしょうか。ところが、デメリットとしてstayを結ぶ際にクリップヘッドが邪魔になりやすい、stayの横を縫う際に反対側の壁が近いため(内腔が縦に潰れているから)裏縫いしやすいというところがあります。

このデメリットが結構大きいので、最近はクリップは倒して脳表に平行な向きに入れるようにしています。

 

もう一点、レジデントの先生の縫合を見ていると、STAがMCAに被さってしまい、STAに針を通した後MCAが見えない!という状況に陥って苦労していることが多い気がしました。

これを解消するための方法としては、まず先に記載した通りarteriotomyの長さをしっかり合わせること(短いとSTAが余って被りやすい)。そして最近気が付いた対策が「stay sutureのbiteを他より短めにとること」です。切れてほしくないからといってbiteを大きめにとると、STAがMCAに多く被るため、特にstay横の縫合が非常に大変になります。stay sutureのbiteを必要最低限にすることが一つコツだと思いました。