脳外科 resident notes

若手脳外科医による(基本的に)脳外科レジデントのためのブログ。病気のことや手術のことについて語ります。

STA-MCA bypassのコツ① 準備編

 

 STA-MCA bypassと言えば、clipping、CEAと並んで若手が早く出来るようになりたい血管外科手術手技の一つではないでしょうか。

 

 STA-MCA bypassそれ自体を目的とする手術もありますが、何かあった時のレスキューや保険(insurance bypass)としての意味で行うなど、脳外科医としての引き出しの一つとして早めにマスターしておきたい手技です。

 

 応用編になるとなかなか難しいところはありますが(深部バイパスやRAグラフトを介したバイパスなど)、通常のSTA-MCA(M4) bypassであればさほど難しいことはありません。(言ってしまえば、応用編も、しっかりと基本が出来ていれば手の届かないような技術ではないと思います。そこにいくつか難易度を上げるポイントが付随しているだけなので。今のところやったことはないので口だけですが…笑)

 

 なぜ難しくないかと言うと、STA-MCA bypassが非常に定型的な手技だからです。

clippingなどと比較して、アドリブ要素が少ない。

 パラメーターとなるのはrecipientの選択・準備(どの小分枝を掃うかなど)とrecipientの向きと吻合時の深さぐらいです。(STAの径、長さ、血管壁の厚さもあるか。)CEAもある程度定型的な手術ですが、それに近いものがあります。内容の振れ幅、バリエーションが非常に少ないですね。

 ということは、上手い人をそっくりそのままマネれば良いという、有効な近道があることになります。また、 off the job trainingがやりやすいという点も、バイパスがそこまで難しくないことに繋がっています。

 

 

 ということで、どういう経験を経てSTA-MCA bypassを習得すればいいか自験例を踏まえながら考えてみます。

 

① ある程度顕微鏡手術に慣れる

 いきなり何それ、という感じかもしれませんが。

 初めて顕微鏡で手術する人が、いきなりバイパス出来るかというと無理でしょう。シルビウス裂を開けたことがない、くも膜を切ったことがない人も厳しいです。

 頻回にズームの切り替えも行うので、当然何も考えずフットスイッチ操作が出来るぐらいには顕微鏡に慣れてないといけないし、ドナーやレシピエントの準備の段階では、テンションをかけて切りたいところを切るというマイクロ手術の基本中の基本は出来ないといけません。もちろん、吸引管とバイポーラを用いた止血操作も。

 この辺は言語化が難しい部分ではありますが、とにかく「脳外科的顕微鏡手術の経験値」というのは一定数必要です。

 

② バイパス術の適応が判断できる

 まあこっちが①でも良いのですが。

 そのバイパスがどれだけ必要か、またどれだけエビデンスがあって有効性を予測できるか、リスク・ベネフィットの判断など、やはり術者であれば分かっていないといけないと思います。でないと不測の事態になった場合など、指針を失ってしまい対応ができません。

 

③ 一連の手技が頭の中でシミュレーションできる

 最初から最後までやることが頭に入っていないようでは当たり前ですが話になりません。まずは教科書で手順を覚えるのが第一歩です。

 その上でさらに大事になるのが「お手本動画」です。できれば上手い人のバイパスの無編集動画を手に入れましょう。絶対にノーカット版で。上級医や知り合いから貰うでも何でもいいですが、自分が真似したいと思えるバイパス動画を入手し、繰り返し見ます。数は多い方が良く、色々見ることで「そういう時はそうするのか」というマイナーなトラブルシューティングが蓄積されていきます。

 STAを剥離する際のフックの使い方やカッティングバイポーラ―の使い方、STAの扱い方(ヘパリン生食入れたりクリップかけたり)、断端のトリミングの仕方、吻合の場の作り方、arteriotomyの仕方、針と糸の扱い方(どういう動きが必要か、針を置く位置、持ち替え方など)を注意して、実際自分がやることを想定しながら見ましょう。バイパスはそういう細かい配慮の積み重ねです。

 頭に入りさえすれば、定型的な手術なので細かいところまで精度の高いシミュレーションができるはず。

 

④ 卓上顕微鏡で練習する

 ガーゼを縫ったり人工血管や手羽先の血管を繋いだりします。

 ただ、フットスイッチがなかったり、人工血管は実際の血管とはだいぶ感触が異なったりしますのであくまで練習です。

 そして、この練習の目的は、先の「お手本動画」の手技を自分の手で実行できるようになる、ということにあります。

 正直、人工血管なしでガーゼ縫合でも十分かと思います。大事なのは、何も考えずひたすら数をこなすのではなく、実際の縫合を思い浮かべながら針を通して結ぶこと。

 例えば、縦になっているrecipientの奥側のstay sutureをおくところを想定してみたり、同じ場面で左側のうち最も奥の一針を縫合することを想定してみたり(右手前から左奥に運針するため少し難しい)。

 反復練習も大事かもしれませんが、目的を見失わないようにしましょう。目的は数をこなすことではなく、バイパスが出来るようになることです。なのでガーゼ〇万針縫合する、人工血管〇本繋ぐなどを目標とするのはやや非効率な感じがします。もちろん日々の練習を否定するわけでは全くありません。どれだけ効率と生産性を上げるかという話です。

 

 

 「やったことないけど出来ますよ、やり方は分かってるし練習もしてるんで」と言えるレベルまで到達すれば、多分実際やってみたら大丈夫です。できます。

 そして、一度経験すれば動画からさらに多くのことを吸収できるようになるため、さらに上達します。自分の動画を見て反省もできますし。

 

 準備段階はこんなもんで、次回は実際の手技で気を付けることなどを書いてみます。

 

脱毛を避けるために

 

最近テレビを見ていて、ふと、手術に伴う脱毛はなるべく避けたいよなぁ…と思うことがありました。

 

出来る限りの注意を払ったうえで脱毛してしまう分にはしょうがないところもあるのかもしれませんが、目立つ脱毛は、ただでさえ侵襲が大きいという開頭手術のデメリットをさらに拡大することになってしまいますし、命が助かったんだからいいだろうで押し通せるような時代でもないと思うので、知識を得て脱毛をなるべく避ける努力はすべきでしょう。(剃毛も原則不要です。)

 

以下に列挙することを気を付けてからは創縁に沿った脱毛はほぼなく、ほとんど目立たないかどこにあるか分からないぐらいの傷になっています。どれも当たり前のことではありますが、レジデントの皆様におかれましてはご参考までに。

 

 

① 頭皮クリップを長時間つけない

非常に大事なポイントです。

皮下からのoozingの止血のために問答無用で頭皮クリップを隙間なく付ける施設がありますが(経験上ありました)、短時間なら良いものの、長時間これをやると創縁が虚血となり、毛根が死にます。

仮死状態(?)で済んで、一過性の脱毛のみでしばらくするとまた毛が生えてくることもありますが、不可逆なこともあります。

隙間なく、というところも悪ポイントで、横からの血行も漏れなく遮断するので創縁の虚血レベルがさらに高くなります。結果、創縁に沿ってある程度の幅を持った脱毛を来してしまい、非常に目立ちます。

頭皮クリップはなるべく付けない、付けるとしても間を空けてピンポイントに必要なところのみ、というのが対処法になります。

 

② めくった皮弁を長時間強く引っ張りすぎない

翻転した皮弁を強く牽引すると皮弁への血流が悪くなり、結果として皮弁の辺縁にあたる創に沿った部分でやはり毛根が死にやすくなります。

開頭が終わったら皮弁を牽引するフックを弱めておくのは大事です。

 

③ galeaの縫合の際、毛根がある層より表層に針・糸を通さない

galeaだけでなく毛根のある真皮層まで糸をかけて結紮すると、毛根が巻き込まれた場合その毛根は虚血になって死にます。

頭皮の皮下(帽状腱膜)縫合の目的は、表層が離開する方向へのテンションを減じることなので、galeaの層のみに吸収糸を通して縫合すればOKです。そのうえで表面がずれないようにskin staplerで合わせていくのが一番きれいに治ります。

毛根より浅い層で4-0ナイロンあたりで「連続」縫合して表層を合わせるのも理にかなっていて良いと思います。連続が血流温存のポイント。

 

④ 過剰にナイロンできつく縫合しない

skin staplerによる閉創とナイロン糸による閉創を比べた際、何となく前者は手抜きで後者は丁寧な感じがしますが、意外と結果はそうでもなかったりします。

ナイロン糸で頭皮の全層をかけるような形で全て縫合した場合、適切な強度で締めないと創が虚血になります。先の頭皮クリップの話と一緒です。ひたすらナイロンで閉創し、どれも締め方がきつかった場合、創にどこからも血流が来ないことになり、脱毛するどころかそもそも創が治癒しないこともあります。(創傷治癒には線維芽細胞などを運んでくる血流が絶対必要)

skin staplerはその辺が割と良く出来ていて、適切な圧で創を寄せるので虚血になって創がつかなかったり脱毛したりということはまず起きません。(そこまで深くかからないのも良いのだと思います)

これは皮下ドレーンを抜去した後もそうで、以前はドレーン孔をナイロンで縫合して閉めていたのですが、その周囲に脱毛をきたすことがあったので、 途中からstaplerで閉じることにしました。以後目立つような脱毛は経験していません。ナイロンでやるなら浅めにした方が良いかと思います。

 

⑤ 毛根を挫滅したり焼いたりしない

これは一応当然ながら気は使うべきというぐらいの意味合いです。止血を優先すべき状況では多少の毛根の犠牲は仕方がないこともあります。

創縁に露出している毛根をピンポイントに一部ダメにした程度では普通目立つような脱毛にはならないですからね。頭皮クリップを長時間付ける方が罪が重いと考えます。

まあ当たり前のこととして、皮弁を鑷子で摘まむときは毛根を避けるようにします。

 

⑥ 3点ピンはSTA、OAを避ける

STA、OAを刺してしまうと、ピンを外した際に当然出血します。その後皮下血腫を作った場合に、その血腫の圧で頭皮が虚血となって毛根が死に円形脱毛をきたすことがあります。一度ありました…

 

⑦ 円座、馬蹄形ヘッドレストなどでの頭皮の長時間の圧迫を避ける

3点ピンなら良いですが、頭皮をある程度の面積で長時間圧迫すると毛根が虚血になって死にます。褥瘡と原理は一緒です。

 

⑧ 虚血な部分が出来ないような皮膚切開にする

皮膚切開がやむを得ず交わるような場合は直交するようにするとか、STA、OAからの血流の方向を考えるとか。皮弁の基部は広めにするとか。

STA-MCAバイパス(特にダブル)は頭皮が虚血になり、創縁が特に脱毛しやすい手術になるので皮膚切開のデザインと閉創にはかなり気を遣う必要があります。

 

⑨ 手術時間を短くする

そもそも論ですが、一番大事かもしれません。非常に長時間の手術となった場合、やはり脱毛は起こりやすくなります。

状況にもよりますが、早いは正義、が割と正しい場面が多いと最近感じています。

(丁寧で早いのがもちろんベスト)

 

 

あと、皮切の向きを垂直じゃなくて毛流に沿ったナナメ方向にすることで毛と毛根を切らないようにして脱毛を防ぐ、というのを聞いたことがありますが、別に垂直に切っても埋没した毛根からまた毛が生えてくるから良いんだ、みたいな反論もあるようで。実際普通に垂直に切っていて問題になることは特にないように思います。

 

以上。

 

経鼻胃管挿入のコツ(意識がない場合)

 

 たまにこれを知らない人がいて、異常に手こずっているのを見るので。

 

意識がある人に経鼻胃管を挿入する際は、嚥下をしてもらえばチューブが食道に送り込まれるのでまず失敗することはありません。

問題は意識障害があったり全身麻酔下だったりで意識がない人です。嚥下反射も出ず、仰臥位では咽頭喉頭が落ち込むため、胃管が上手く入らないことがあります。

 

そういう際にまず試すのは、首を回したり、指2本を咽頭後壁に当ててその間にチューブを通して方向をガイドする方法でしょうか。これで入ることも多いですが、もっと有効な方法があります。

 

それは、甲状軟骨の左右の端を掴んで前に持ち上げる、という方法です。こうすると喉頭全体が持ち上がり、食道の入り口がガバガバな状態になるため無抵抗にチューブが進みます。クラッシュインダクションで甲状軟骨を押して食道を閉鎖するのの逆という発想ですね。

試しに自分にやってみてください。両側ともしっかり指にかけるのは少しコツが要りますが、がっちり持ち上げないと意味がありません。

しっかり把持すると分かると思いますが、結構痛いので、意識がない人限定の方法です。(そもそも入りにくい時点で意識がないはずなので問題なし)

 

 

この方法は研修医時代に自分で思いついて発見したのですが、一部のテキストには普通に載っているみたいですね。

まあ知っていて損はないし無駄な時間を使わずに済むので一応書いておきました。

 

脳室前角穿刺のコツ

 

触れていなかったので、需要はあまり無さそうですが一応…

まさにこのブログの対象としているレジデント向けの内容。

 

 

脳室外誘導(ドレナージ)、V-Pシャントなどで必要となる側脳室前角穿刺ですが、ブラインドで刺すことが多いので、経験が少ないと緊張する手技かと思います。

 

そして、意外と上手く入らないことが多い。対側の前角に入っていたり、尾状核の方へ外れてしまったり…

 

きれいに前角から入って、モンロー孔、第三脳室あたりにドレーンの先端を置きたいところですよね。(ドレナージできればどこでも良いという説もありますが。)

こういうよくやる手技をミスなく出来ることがまずは大事なので、そのコツを考えてみます。

 

1.頭を正中位にする

頭部が回旋していると途端に難易度が激増します。

普通の脳室ドレナージであれば間違いなく正中位が良いです。

V-Pシャントでも穿刺の際は出来れば頭部を正中位に戻したいところです。

回旋していると後述するメルクマールを狙っているつもりでも対側に行きやすくなります。経験上…。

 

2.穿刺部を間違えない

何パターンかあるかと思いますが、有名なのはBregmaから2.5cm前方、2.5cm外側の点でしょうか。(2.5cm≒1inch)

まずよくやるまずいポイントが、正中を間違えることです。いやいや、と思うかもしれませんが、ドレーンが変なところに入っているときの原因の割と多くがそもそも穿刺点がおかしいことにあります。(自分調べ)

外耳孔~外耳孔の距離を測って中点を取るとか、イヤホンを使うとか(脳神経外科速報にありましたね)色々方法はあるかと思いますが、とにかく正中はしっかり押さえましょう。正中をマーキングした後は全体を俯瞰で見て大きくずれていないことを確認。

Bregmaの位置(前後)は正中に比べればそこまで重要ではありません。術前にNasionからの距離を測れたら一番いいですが、まあ大体大人で14cmぐらいですね。冠状縫合は頭皮上から触れたり触れなかったりですし、勘違いもしやすいのであまり当てにならないと思っています。

穿刺点を決めたら皮切線をマーキングするわけですが、ここでまたズレが生じる危険性があります。前後方向の皮切なら左右にはズレようがないですが、横方向の皮切だと切開時、穿頭時に意外とズレたりしますので要注意。

ちなみに、冠状縫合付近はもともとbridging veinが少ないとは言え、それでも正中に近づくほど静脈損傷のリスクが高くなります。

 

3.穿刺部と前角の位置関係を押さえておく

正中から2.5cm外側ならそこと前角がどのような位置関係にあるかを見ておきます。要は、2.5cm外側から正中線とparallelに刺した際に脳室内に入るかどうか。水頭症で脳室拡大があるなら、それで入ることが多いかと思います。であれば、穿刺の際ほんのわずかに正中を向ける意識(外側にはいかないようにする)で外すことは基本ないわけです。

そこまで脳室拡大がない場合、あるいはやや外側から穿刺する状況だとして同様にparallelに刺したら脳室をかすらない場合。この際はやや内側を狙う意識を強く持つ必要があります。

穿刺で一番まずいのは外側に外れて基底核に刺さることなので、とにかくその可能性をケアします。

 

4.何cmで脳室に当たるかを確認しておく

一応。水頭症があれば3-4cmぐらいですかね。

何cmまで入れて、当たらなかった際におかしいと判断するかを予め決めておきましょう。それ以上深く刺したらダメです。

 

5.上下の角度は横から見て外耳孔に向かうように、横方向の向きは3を参考にして決め、ある程度の速度で刺す

上下の角度は横から助手に見てもらい調整します。外耳孔をメルクマールにすれば大体第三脳室を向くのでこちらはほぼ問題になりません。(脳室の上を通過して上滑りになったり、前角の前を通過してbaseに向いてしまったりして入らないパターンは少ないと思います)

どれほど内側を向けるかは3に書いた通りどれほど外側から刺すか、どれほど脳室拡大があるかに依存します。大体「ほぼparallel」「同側の内眼角」「Nasion」のどれかを狙う感じになります。印象としては2.5cm外側なら「ほぼparallel」か「同側の内眼角」、3cm外側なら「Nasion」がメルクマールでしょうか。脳室拡大がある場合はそこまで内側を狙わなくても良くなります。

方向を決めたら覚悟を決めて4-5cmぐらいまでスーッと進めるつもりで刺します。脳室上衣が白質より少し硬く抵抗があるため、そこを貫通するのにある程度の速度があった方が良いように思います。くるくる回しながらゆっくり、という流派もあるようですが。

抜ける感触がなかったら向きを確認し直して刺し直し。4で触れた通り、当たるはずの深さまで入れて当たらないのであれば、そこから過剰に進めるのは禁忌です。

 

6.抜ける感触があったら内筒を抜き、髄液の流出を確認する

通常圧が高い状況が多いと思われるので、髄液が出てくるはずです。(出しすぎないようにする)

あまり圧が高くない状態で脳室を穿刺すると髄液が逆流してこないこともあるので、その際は小さめのシリンジで少し陰圧をかけて髄液が引けるか見ます。

 

 

こんなところでしょうか。