脳外科 resident notes

若手脳外科医による(基本的に)脳外科レジデントのためのブログ。病気のことや手術のことについて語ります。

静脈洞血栓症

 

静脈洞血栓症の病態はそこまで難しい訳ではないですが、ちょっとその捉え方、治療の考え方に分かりづらいところがあるのかなと思ったので取り上げてみます。

 

 

病態、現象としては単純で、静脈洞に血栓ができる病気です。

原因には先天性の凝固異常や外傷、経口避妊薬内服、抗リン脂質抗体症候群、特発性など色々あります。

要は「線溶系<凝固系」となり、静脈内に血栓が出来てしまう病気ですね。

その辺の疫学的、教科書的なことは成書に譲るとして、しっかり疾患のイメージを持てるようにしましょう。

 

 

比較的若い女性で、頭痛があって、CTで周囲にlowを伴う少し変わった皮質下出血を認めたり、両側性に出血していたり、出血はさほどないのに意識障害が強かったりした際にこの病気を疑います。(もちろん男性、高齢者患者も割合が少ないだけでいます)

けいれん発症もいます。出血がなく浮腫も目立たない場合、頭痛と意識障害だけ、みたいなこともあります。

個人的な経験からしても結構鑑別から抜けがちで、当たり前ですが疑わないと診断がつかないので要注意です。

 

 

静脈洞が詰まると何が起きるかというと、もちろん血液の流れが滞ります。

動脈 → 組織(この場合は脳) → 静脈 という流れの出口の部分が塞がるとどうなるかというと、当然静脈圧が高くなるので、正常な灌流が障害されることになります。

すると、組織(脳)にブドウ糖と酸素が必要量送られてこないことになるので、その部位に応じた巣症状が出現します。

これを「静脈性梗塞」と言います。普通の動脈性梗塞とは症状の出方は同じでもちょっと状況が違う訳です。

 

同時に、うっ血のような状態になり、間質液が増加することで脳浮腫を来します。

 

詰まる静脈洞が下流の方であったり(SSSの後ろの方やconfluenceの辺りなど)、広範囲(長距離)であったりして、静脈性梗塞や脳浮腫の範囲が広くなると、当然頭蓋内圧が亢進します。

また、広範に脳機能が落ちることで巣症状に留まらず意識障害も出てきます。

ガレン大静脈や直静脈洞などの深部静脈系が詰まることでも意識障害は来しますね。

同時にけいれんも起こすことがあります。

 

 

ちなみに、閉塞した静脈洞に静脈血を流していた上流にあたる脳組織全てが静脈性梗塞に陥るかというと、そうではありません。

近傍の別の静脈に流出するようになったり、静脈のネットワークを介して別のドレナージルートを確立することで何とか耐えられる部分は耐えてくれます(頭側のSSSに抜けるところをSSVやLabbeを介して前方や背側に抜けるなど)。

他に逃げ道が全くないcoreの部分が静脈性梗塞に陥るというイメージです。

 

また、当然静脈性梗塞が起きてうっ血すると、脳組織は脆弱なので出血を起こすこともあります。出血性梗塞ならぬ出血性静脈性梗塞なんて単語は今初めて使いましたが、そういう感じですね。

 

 

静脈洞血栓症と言ってきましたが、皮質静脈(架橋静脈)だけ詰まることもあり得ます。引き続いて起こる現象の考え方は同じです。

 

また、「詰まる」「閉塞する」と表現してきましたが、実は完全に閉塞している訳ではないこともあると思います。血栓の隙間に若干の静脈流出路が残されているパターンです。(この辺、何の根拠もない個人の意見なので聞き流してもらって構いません)

まあこの微妙な流出路の残存に関しては、あってもなくてもどちらにしろ静脈圧の上昇 → 灌流障害 → 静脈性梗塞の流れは起きるのであまり関係ないのですが、治療のところに少し関わってくるのではないかと思っています。

 

 

この疾患の病態、イメージ、ゲシュタルトがしっかり確立できたでしょうか。

 

 

治療法に移りますが、イメージが出来ていれば治療の基本も分かるはずです。

そう、「抗凝固療法」です。

基本的には詰まっている静脈を通すことでしか病態は改善しません。

 

特に、大きめの静脈洞が閉塞していて、出血は来していないような場合は迷うことなくまずヘパリン投与です。

「線溶系≦凝固系」となっているところをまずは「線溶系>凝固系」としてあげるわけです。

完全に閉塞している静脈洞では効果は限定的だと思いますが、先述したように微妙に流出路が残っている場合、そこにヘパリンが通ることでそのルートに沿った血栓をわずかずつながら溶かしてくれて状況が良くなるということはあると思います。

 

 

では、既に静脈性梗塞に続いて出血を来してしまっている場合どうするか。

この場合も基本的にはヘパリン投与です。

「出血しているのにヘパリンなんか投与して出血が拡大したらどうするんだ」と思うかもしれませんが、静脈系が閉塞したままの方がますます出血が拡大する可能性があるとも言えますし、「線溶系≦凝固系」を放置することでより血栓が生じてさらに病状が悪化する可能性もあるわけです。この辺のイメージは大事だと思います。

 

ちなみに脳卒中ガイドライン上もcontroversialではありますが、静脈洞血栓症に対するヘパリン投与は出血がある場合でも否定はされていません。(2021では推奨度Bです)

まあ、開始するタイミングや量など、総合的に個々の症例での判断にはなりますが、「出血しているからヘパリンは投与できない」と考えてしまうのは大きな間違いということです。

 持続的に出血している状況でヘパリンを投与するのは危険ですが、止血を確認した後なら、静脈洞血栓症ではほとんどの場合でbenefitがriskを上回ると思います。

 

 

ヘパリンをもう少し掘り下げると、「積極的な抗凝固」と「控えめな抗凝固」があると考えています。

積極的な方はしっかりAPTTが基準の2倍以上になるように管理しつつそこそこの用量を投与するという要は通常使用の場合ですね。

もう一つは、控えめな量を投与することで「積極的に血栓を溶かしにいくわけではないけどこれ以上の血栓形成は抑制する」という状況を作る場合です。8000~12000U/24hぐらいのイメージです。

このちょっとだけ線溶系に傾けておく、という感覚は実臨床では使えるんじゃないかと思います。

 

血管内治療の時のヘパリンはしっかり効かせる方ですね。血管内に異物があると当然凝固系が優位になって血栓症が起きるので、それを抑制するために術中ヘパリン化が必要になります。

 

 

で、ヘパリンを投与してもあまり状況が改善しない場合、かつ意識障害を呈していたり頭蓋内圧亢進があったりするような静脈洞の閉塞がある場合は、可能であれば、今の時代迅速かつ積極的に血管内治療で静脈洞を通しに行くことを考えても良いのではないかと思います。これも、病態を考えればそれを改善させる治療として有効な可能性が高いですよね。

 

その方法については色々報告されてますが、最近の大口径吸引カテーテル(+ステントリトリーバー、PTAバルーンなど)を使うと良さそうです。

(2020年のJAMAのRCTでは有効性が示されませんでしたが、使っているデバイスが微妙なので…)

 

静脈洞へのapproachは動脈系とはちょっとコツが異なるので注意が必要ですね。静脈洞内にはところどころ隔壁が存在し、これを場合によっては突き破ったり壊しながらいくようなこともあるので、あまりに柔らかいワイヤーやカテーテルだと十分上げられないことがあります。

 

ここで大事(だと個人的に思っている)なことは血栓を全摘する必要はおそらくないということです。

根こそぎ出来る限り取るという方針もあるかもしれませんが、先述したとおり、きちんとある程度の抗凝固を効かせていれば、多少なりとも再開通させることでそれがきっかけになって流出路が広がっていくと思われますので。

 

 

こんなところでしょうか。

 

最後に、経験上、割と激しい静脈性梗塞と出血に見えても意外とリハビリで症状が改善することが多い気がしています。

理屈が判然としませんが、同じような動脈性の出血とはどうも神経系の障害のされ方が異なるようです。単純に患者層が若いということもあるかもしれませんが……

そのように若い方に多い病気でもありますので、時期を逸せず後悔のない急性期治療を行いたいものです。

 

ではでは。