脳外科 resident notes

若手脳外科医による(基本的に)脳外科レジデントのためのブログ。病気のことや手術のことについて語ります。

シルビウス裂開放のコツ

 

本来なら内容的にもっと早めに取り上げても良かった内容なのですが、なかなか言語化するのが難しかったテーマ。

 

sylvian fissureを開けること自体は何となくで出来ていたのですが、効率が悪い感じがしていたり、上手くいくときと難渋するときがあったりで最善手が分からないというのがずっと本音でした。

今更になって何となく正解が見えてきたので書いておきます。

 

 

まず、すんなり上手くいくときとそうでもないときで何が違うのかを考えてみると、sylvian fissureが開けやすいかどうか(前頭葉と側頭葉の癒着が少ない、前頭葉が側頭葉側に張り出していない、bridging veinや深部静脈の走行がrouteの邪魔にならない)に依存していることに気が付きました。

これは当たり前ですね…。

 

で、難しい部分があるとなぜ上手く開かないかと言うと、結局そこが開けられないからです。これも当たり前。

 

以前は「開けやすいところから開けていけば効率が良く、最終的にfissureは上手く開くんだ」と思っていたのですが、実はそうではないということです。このことを銘記する必要があります。

 

難所があってもそこから逃げずに、開けるべきところを着実に開けていくことが出来れば、それが結局安定して素早くfissureを開放できることに繋がります。(これも当たり前と言えば当たり前か) 

 

 

一方で、どんなに難しい部分を攻略できる技術があっても、本筋と関係ないところばかりチマチマやっていては時間がかかってしょうがないというのも分かりますよね。

 

要するに

「① fissure解放のstrategy」+「② 難所でも着実に剥離が可能なskill」

 の両方が揃って初めて安定して手早くsylvian fissureが開けられるということですね。

 

fissureが上手く開いていかないときの原因は、上の2点のどちらかの問題に集約されます。

 

 

さらに、

難所が打開できない = 技術不足(下手)

と言ってしまえはそこまでですが、大抵の場合、それは

切ろうとしている場所に上手くテンションがかかっていない(結果、見えないし切れない)

が原因ということにも気が付きました。

 

 

前置きはこのぐらいにして…

 

 

まず、① strategyについて簡単に。

 

いきなり要点を言ってしまうと、

手術の目的・コンセプトを明確にする → そのために必要なapproachを決める → それを達成するために開くべきところを開く

という話です。

 

コンセプトが分かっていれば、切るべきところも自然とはっきりしてきます。

適当に目の前にある組織や膜を切っていくのではなく、しっかりと目的をもって操作することが大事です。

とにかく開けるべきところを開ける。要らないことはしない。

 

まあこれだと抽象化・一般化しすぎでしょうか。言いたいことはそういうことなのですが。

 

sylvian fissureを開ける際の手順を細分化してみると、

SSVと前頭葉か側頭葉の間の剥離(SSV間もあり) → 前頭葉と側頭葉の接した部分の剥離 → cistern内のくも膜小柱(frontal lobeに行く枝のtemporal側、temporal lobeに行く枝のfrontal側)の剥離 → baseの静脈流入部の剥離(→ ICA-Ⅱ complex周囲、frontal lobeとbaseの剥離 →……)

といった感じになりますが、自分の操作が今どのstepで、何をするために何を切っているのかを理解しながら進めることが重要ということです。

 

この辺りもっともっと全然掘り下げられますが、この記事で書きたかった本題は次の内容なので今回は流します。

 

 

 

② skillについて。

切るべき場所(fissureを開ける際のstrategy)、順番が分かっているとして、あともう一つ大事な点としては、さっきも言いましたがとにかく「切る場所にしっかりテンションをかけること」です。これに尽きます。

 

ピンと張った、くも膜・くも膜小柱を切るのが容易なのは当然理解されていると思います。

難しい状況というのは、大抵切りたいくも膜にテンションがかかっていないために、近接する静脈を傷つけたり、そもそも見えていないので切る場所が分からなかったり、という状態です。

テンションをかけるということはその対象を可視化する、ということにも繋がるので、2重の意味で大事な操作になります。

 

見えて張っていればそれは切れる訳ですから、fissureの開放というのは、脳ベラと吸引管をいかに上手く使って切るべき場所を可視化するかの勝負なんですよね。

 

 

切る場所にテンションをかけるのに重要なのが、「脳ベラ」と「吸引管」です。

  

 

ところで、テンションをかけるとはどういうことでしょうか。

考えてみるに、ある部位に対して相対する方向に力がかかっている状態を作ること、と言えるんじゃないかと思います。(ベクトルのパターンは無限にありますね)

 

王道としては、脳ベラで右側を押さえ、吸引管で(吸引するかretractして)左に引くことでテンションを作るパターンでしょう。

このような理想形を押さえておくことは大事で、困ったらその定石を思い出してそこに落とし込んでいけばいい訳です。(そうはいかない状況も沢山ありますが。)

これだけでとりあえず操作の方向性が見えてきます。

ちなみにこの定石(ある状況とそれに対するテンションのかけ方、対応)、おそらく一般化していけば10種類以内にまとまります。意外とパターンはそんなに多くないと思います。(これで一記事書けますが、さすがに絵がないとキツいか…)

 

 

脳ベラと吸引管の役割を改めて確認しておくと、

脳ベラ:視野の確保 大まかなテンション維持 吸引管のcounter

吸引管:局所のテンション・ベクトル調整

といった感じでしょうか。

 

 

脳ベラを思い通りにかけるのは実は意外と最初は難しく、ここは慣れが必要な部分で、つまずきやすいところかなと思います。ただ、必須の手技です。

脳ベラの種類によってセッティングのコツなどあると思うので習熟しておきましょう。

 

 

脳ベラは初手は脳表を引くことになりますが、fissureを開いて中に入っていくにつれて当然脳ベラもfissureの中に入れていくことになります。

進入していく方向と平行に脳ベラを入れるようにするのが一つコツです。

 

脳ベラは別に前頭葉を引くでも、側頭葉を引くでも、常に右側の脳を引くでも、左右両方引くでも何でも良いと思います。その場その場でベストは変わりますが、大事なのは切る場所を可視化する、テンションをかけるという原則です。 

 

 

吸引管は、特にsylvian fissureを開けるときなどは、太めのものを用いる方がいいと思います。くも膜を吸い付ける際も、ある程度太さがないと吸引力とテンションがかからないですし、retracterとして使う際にも少し太めの方が脳にやさしいですね。

 

テンションをかけたい部分よりも奥に吸引管が入る場合は、奥に入れてretracterとして使うことで簡単にテンションが得られますが、奥に入らないような状況の場合はすぐそばの組織を吸引しつつ引く必要があります。(手前を左右に引いて、奥を切る状況 インヘミで多い)

この際、組織を痛めないよう原則ベンシーツなどの上から引く方が良いです。組織との摩擦力が増すという利点もあります。 

 

 

視野を左右に横切る動脈があったとして、それをもちろん安易に切ってはいけません。大抵の場合、どこかその時点で見えていないところに続きがあり、frontalからきてfrontalに帰っていくか、その逆でloopを描いていることがほとんどです。retractをかけたり他を剥離していく内に帰属が分かってくるので、剥離してそちらに寄せておきます。

 

静脈もbridgeしてるように見えて実際は違うことが多いので(frontalの皮質静脈とtemporalの皮質静脈が繋がって見えたりとか)、判断を保留しておくことも大事です。適切にテンションをかけることで正解が分かることが多いかと思います。

ある程度太い静脈は切ると本当に静脈性梗塞になってトラブる可能性があるので要注意。本当に切る必要がある場合はクリップで一時遮断してICGなどで切っても大丈夫かどうかの判断をする必要があります。

 

 

原則として手前から奥に行く方が切りやすいので、開放する予定の範囲でなるべくdistalから入っていく方が楽です。また、十分distalから開くことで間口の広い術野が得られます。

前頭葉と側頭葉が一番接近して癒着している部分に上から最短で突っ込む(いわゆるpterional approachのルート)と難しいのですが(特に前頭葉が側頭葉側に張り出している場合)、distalからシルビウス裂の底まで潜り込んで底から切り上げる形で難所にアプローチすると割と困らずあっさり剥離することが出来たりします。distal sylvian approachのメリットですね。

 

開け始める場所は術前のシミュレーション画像などと合わせて考えることになりますが、脳表と直交する向きに突き進んで動脈瘤に当たるポイントよりも2cmぐらいはdistalから開けるのが良いと思います。

曖昧、適当な表現になってしまいあれですが、数をこなすと分かってくるところかもしれません。皮質枝が出てくるM3-4のところは少しspaceがあるので開けやすいというのも有名な話ですね。

 

frontal側、temporal側どちらを開けるかという議論もありますが、この辺はどちらかというと①のstrategyの範疇だと思うので今回はpass。

 

 

そしてテンションをかける最後の道具がマイクロ剪刀です。

刃を当てて上か下に組織を引っ張ることで最後の最後にテンションを追加できます。非常に大事なポイントです。

 

 

 

まあイラスト、動画もなしに伝えるのはなかなか難しい内容かもしれませんね。自分の中では割と整理されてきてすっきりしてきたところなんですが……

最近はopeXparkとか、動画付きのコンテンツも増えてるのでそういうのも参考にさせていただきましょう。

後は上手い人をみて研究&実践あるのみ。