脳外科 resident notes

若手脳外科医による(基本的に)脳外科レジデントのためのブログ。病気のことや手術のことについて語ります。

脳外科の抗血栓療法

 

脳外科における抗血栓療法(抗血小板療法、抗凝固療法)について。

初学者向け。

 

凝固カスケードなどの詳細な機序は置いておいて、臨床的にどう考えてどの治療薬を用いれば良いかと言ったことを述べてみます。

 

まず、血栓がその形成機序の観点から大きく分けて2種類あることを押さえましょう。

つまり、血小板凝集がメインの動脈性血栓と、フィブリン凝集がメインの静脈性血栓です。

 

① 動脈性血栓

イメージとしては、比較的血流が早い部位(動脈内)で、血管壁に障害や狭窄があったり、また異物があったりした場合に、そこに血小板が集まってきて活性化し、凝集して出来る血栓という感じです。怪我をしたときの重要な止血機序ですね。

この血栓ができないようにするのが、抗血小板薬です。

血小板の活性化を抑制することで血小板凝集が起きないようにします。よく用いるのは内服だと少量アスピリン(81-100mg)、クロピドグレル(75mg)、シロスタゾール(200mg)、点滴だとオザグレル(160mg)ですね。チクロピジンは副作用の問題からクロピドグレル登場後は最近はあまり使われていないかと思います。

(循環器領域だとプラスグレル、チカグレロルと言った新規の抗血小板薬があります。また、ジピリダモール、リマプロストアルファデクス、イコサペント酸エチル、塩酸サルポグレラートと言った微妙な?抗血小板効果を持つ薬剤もありますがあまり脳外科では用いられません。)

ここで示した量は維持量であり、直ぐに抗血小板効果を発揮させたい場合はローディングを行います。つまり、初回だけ高用量を一度に投与します。アスピリンだと200mg、クロピドグレルだと300mg、シロスタゾールだと200mgが投与されることが多いかと思います。アスピリンは30分ぐらいで効いてくるそうです。もっと早く効かせたければオザグレルですかね。

また、抗血小板薬はその効き目に個人差があることが知られています。

アスピリンは一部の人に抵抗性があり(ノンレスポンダー、ハイポレスポンダー)、クロピドグレルも一部の人に抵抗性があったり、逆に凄く効いてしまうこともあります(ハイパーレスポンダー)。

VerifyNowでARU(基準値<550 諸説ある)とPRU(基準値95~230 諸説ある)を測定することで実際に血小板凝集が抑制されているか調べることができますが、保険適応のない検査なのでどこでも出来るわけではありませんし、そのカットオフ値には未だ議論があります。ノンレスポンダー・ハイポレスポンダーでは別の薬剤に変更を検討したり、保険適応外ながらプラスグレルを検討したり。ハイパーレスポンダーでは投与量を減量したりします。

(追記:プラスグレル、脳梗塞に保険適用通りましたね)

 

抗血小板薬は多剤併用することがあります。DAPT(Dual antiplatelet therapy)、TAPT(Triple antiplatelet therapy)と呼ばれる治療です。これと対応して通常の1剤投与はSAPTと呼ばれたりします。

先の抵抗性の話が関与していることもあるのか、1剤より2剤の方が抗血小板効果が確実ということが分かっています。なのでより確実、強力に抗血小板作用を発揮させたい場合にはしばしばDAPTが用いられます。(通常、DAPTと言うとアスピリン+クロピドグレルです。ちなみに、アスピリンとオザグレルは作用点がアラキドン酸からTXA2が生成されるカスケードの上流と下流なので併用はあまり意味がない気がします。多分。)

ただし、長期のDAPTは出血リスクが増えることが知られています。一方で、短期間(3ヶ月~1年ぐらい 色々な報告があります)であれば特に出血リスクはSAPTと変わらないとも言われており、急性期DAPT→ 慢性期に早めに減薬という流れが一般的かと思われます。

 

② 静脈性血栓

こちらは血流によどみが発生した場合に凝固系が活性化され出来る血栓です。深部静脈(静脈弁の辺り)や左心耳内といったところに発生し、肺塞栓や心原性脳塞栓症の原因となります。

こちらはフィブリン凝集がメインなので、その予防には抗凝固薬が用いられます。

内服だとワルファリン、DOAC(ダビガトラン、リバロキサバン、アピキサバン、エドキサバン)、点滴だとヘパリン、アルガトロバンといったところです。

血液は絶えず流れているから凝固しないのであって、よどむと凝固系(フィブリンの凝固カスケード)が活性化して固まってしまうので抗凝固薬が必要なわけですね。

 

 

ではその辺を踏まえて、脳外科での実際の使用例を見ていきましょう。

(ここからが一応この記事の本題)

 

・アテローム病変によって動脈が狭窄してTIAを繰り返している

抗血小板薬を用います。

狭窄部は血流が速く、ずり応力が強いために血小板凝集が起きやすいとされます。またプラークなどの血管内皮が障害されているような病変にも血小板凝集が起きやすいです。それを抑制することで狭窄部が詰まることを防ぎ、また、病変で血栓が形成され遠位に流れていくいわゆるA to A embolismを防ぐことにもなります。

もちろん、血行動態性に症状が出ている場合もあるので血管内ボリュームを保つというのも大事です。血行動態性の機序であっても抗血小板薬は結局効果があると考えられます。

 

・アテローム血栓性と思われる脳梗塞

抗血小板薬を用います。

完全に梗塞となった部分(虚血コア)は救えませんが、アテローム血栓脳梗塞も本態はA to A embolismという説もあり、進行を予防出来る可能性があります。そもそも、予後改善のエビデンスがあります。

抗凝固に関しても血栓抑制効果や微小循環の改善効果などが理論上は期待されるところですが、非心原性の脳梗塞に対するヘパリンは効果が否定されています。一方でアルガトロバンは病変最大径が1.5cmを超すような場合は脳卒中ガイドラインでグレードBで推奨されています。

 

・心房細動が見つかった

左心耳内に血栓形成→脳塞栓症を防ぐために当然抗凝固薬を用います。

非弁膜症性であれば今はワルファリンより出血性合併症が少なく管理もしやすいDOACでしょう。

(医療経済的な理由からワルファリンを選択することもありますが、最近のエビデンスはよりDOACを支持しています)

 

・内頸動脈狭窄があり、ステント留置予定

術前から抗血小板薬を使用します。

1週間ぐらい前からDAPTとする施設が多いのではないでしょうか。これは、血管内に異物を置くとそこに血小板凝集をきっかけとした動脈血栓が出来るからです。

なので急性期にステントを置かなくてはならないような状況になった場合は(十分抗血小板薬が効いてくる期間を取れない場合は)、ローディングが必要ですね。

それでも血栓性の合併症はしっかり1週間前から抗血小板を入れた場合よりも多いので、急性期のステント留置はやむを得ない状況以外ではなるべく避けるべきとされています。

 

また、シースを留置後、ガイディングカテーテルを上げる前に抗凝固(ヘパリン化)も必要です。

血管内治療全般に言えることですが、例えばガイディングカテーテルを総頚動脈や椎骨動脈留置すると、そこの血流によどみが発生する可能性があります。抗凝固が効いていないとカテーテル周辺で血栓ができては飛んでいくという状況になりかねないため、ある程度処置が長くなることが予想される場合には必ずヘパリン化を行います。(この効き具合に関してはACTを目安に調整する) 

カテーテル内のヘパリン生食による還流も重要で、カテーテル内に血液が逆流している状態で(しかもワイヤーや他のデバイスなどが入っている状態で)しばらく時間が経つと当然血栓ができますので、フラッシュした際に多量の血栓を送り込みかねません。

それも含めて全身のヘパリン化はやはり必須で、加えてカテーテル内の還流をすることでカテーテル内への血液の逆流を防ぎ、血栓形成を予防します。

 

・未破裂脳動脈瘤にコイルを留置後、造影でネック部分に造影欠損が出てきた

異物(コイル)が入ったためにそこで反応して出てきた血栓と思われます。抗血小板薬の効きが悪かったのか、デバイスによってその部分の血流が悪くなっているのか、といったことを考えつつ、ウロキナーゼの局所動注、ヘパリン化・抗血小板療法の強化、オザグレルの動注、あるいはバルーンやマイクロワイヤーなどによる血栓破砕によって血栓がなくなって再度形成されてこなくなるまで粘ります。

 

・未破裂脳動脈瘤にシンプルテクニック(ステント併用なし)でコイル塞栓術後、SAPTを継続していたが特にトラブルなく3-6か月経過した

抗血小板薬の終了を検討します。

この辺は議論があるところかもしれませんが、血管内にコイルやステントを入れた後、しばらくすると血管内皮によってメタルが覆われると言われています。そういう状態であれば抗血小板薬は不要なはずなので、理論上は止めても良いことになります。1か月でやめるところもありますね。

 

 

こんなところで、抗血栓療法のイメージは何となく掴めたのではないでしょうか。

エビデンスが一番大事ではありますが、病態や血管内の状態を想像して、抗血小板と抗凝固のどちらが状況に適しているかを考えて治療薬を選択しましょう。