脳外科 resident notes

若手脳外科医による(基本的に)脳外科レジデントのためのブログ。病気のことや手術のことについて語ります。

髄液排出の意義について

 

脳外科の手術において、割と大事なのにも関わらず何となくその意義が理解しづらい「髄液を排出する」という操作について。

 

髄液を排出すると頭蓋内(もっと正確に言うとくも膜内)の内容物が減るのですが、先に説明してしまうと、その意義は大きく分けて2つあるかと思います。

 

脳と硬膜の間のspaceが出来て開頭が安全に行える

脳の張りが取れてslackとなることで脳がretractしやすくなる(可動性が増す)

 

そういう観点から開頭手術で髄液の排出を意識することは大事なわけです。

 

 

大事とは言っても、通常の開頭手術ではそこまで意識しなくても良いことの方が多いです。

ここで言う通常の開頭手術とは、テント上でシルビウス裂や大脳半球間裂を開いたりする血管障害の手術や、脳圧亢進症状のない腫瘍を摘出するような手術のことです。

 

なぜこれらの手術で髄液排出をそこまで意識しなくて良いかというと、前者ではくも膜を切って脳槽を開いていくので自然と髄液は排出されますし、後者の腫瘍は脳のretractがそこまで重要ではないからですね。

 

後は、開頭前にマンニトールを落とすことが多いので脳実質の水分が減ることに加え、そこそこ(相対的に)大きな開頭になることが多いので、特に積極的に髄液を出すことを意識しなくても手術は完遂できてしまうのだと思います。

 

 

では、逆に髄液の排出を積極的に意識する必要がある手術とはどういう手術なのでしょう。

 

 

代表的なのは後頭蓋窩の手術です。

後頭蓋窩はテント上と比べてスペースが狭いので出血や腫瘍によって頭蓋内圧が亢進しやすい上、脳実質の体積も小さいのでマンニトールの効果も発揮されづらく、開頭もそこまで大きくは出来ないという特徴があります。

また、若年者では、特にmass effectを呈するような病変が無かったとしても脳の萎縮がないためCPAのスペースが狭くなりがちです。

後頭蓋窩の圧が亢進した状態で下手に開頭して硬膜を切開すると硬膜下にスペースが全然ないために切開した部分で小脳表面に挫傷を作ってしまったり、さらには硬膜を切開したそばからどんどん小脳が盛り上がってくるという事態も起こり得ます。

 

次に、後頭葉の辺りを操作する手術があります。

後頭葉の腫瘍で浮腫がある場合や、テント上面から発生した髄膜腫を取ったり、松果体部の腫瘍でのOTAなど、後頭葉を比較的大きくretractする必要がある場合ですね。

後頭開頭では脳槽が脳表近傍になく、後頭葉をretractした上で深部のガレン静脈系周囲のくも膜を切開するまで髄液が出せません。

すると後頭葉をretractした際の負荷が大きくなってしまい、視野障害が出る可能性が高くなってしまいます。

 

後はSAHの手術の時もそうですね。

くも膜下に出血するためくも膜内の内容物の体積が増えている状態で、出血量次第ではありますが最初は同様に容易には脳がretract出来ない状態です。

 

脳腫瘍で浮腫が著明な場合も、かなり脳は張っていることが予想され開頭に当たっては注意が必要です。

 

 

 では実際このような場合どうすれば良いか。

対策としては思いついたところで4つ挙げられます。

 

 

① 近傍の脳槽を積極的に開放し髄液を抜く

内圧が亢進した状態の後頭蓋窩手術であれば、開頭後にまず大槽をあけて髄液を抜くことを考慮します。

またCPAの手術では、大孔まで開放していなくても、小脳下面か小脳外側下面、小脳延髄裂(下位脳神経周囲)のくも膜をまず切開して水を出します。

前頭側頭開頭の手術であればシルビウス裂をあけたり、内頸動脈周囲の脳槽を解放したり。リリキスト膜を切開すれば後頭蓋窩からも髄液が抜けます。

補足として、当然髄液が抜けるのにはある程度時間がかかるので、排出路を作ったら吸引しながら少し待つことも大事です。

 

② 脳室を穿刺・開放し髄液を抜く

これはSAHでよくやります。内頚動脈周囲まで到達するのも脳が張っていて大変そうであれば、開頭後に側脳室前角をPaine's pointから穿刺して髄液を抜くという有名な方法があります。後は終板を切開すれば第3脳室からも髄液が抜けます。

後頭開頭の手術の際に、先に後角穿刺をして髄液を抜くということもあります。

 

追記(2021/9/13) 脳室穿刺は出血など起こしてトラブることがあるので極力避けるようにしています。どうしても必要な場合は、前頭蓋底のflatteningを行い、先にsubfrontalからlamina terminalisを穿孔して髄液を抜くのが安全かと思います。(低位のAcomでは危ないかもしれませんね)

 

③ 術前にspinal drainageをおいて髄液を出しておく

これは先ほどの例で言うと後頭葉あたりの操作前にやっておくと効果的です。予め髄液を抜いておくことでくも膜下の内容物体積が減少し、間接的に後頭葉がretractしやすくなります。

高度の頭蓋内圧亢進が疑われる状況では一応禁忌ですので、積極的に髄液を出すのは開頭が終わってからにするなどの配慮は必要です。

 

④ 血管原性の浮腫が高度な場合、術前からステロイドを使用するなどしてある程度浮腫を引かせておく

脳腫瘍の手術などで有効な方法です。テント上では大き目に開頭することで大体対応可能かとは思いますが、浮腫が高度な場合は安全に開頭するためという意味でもステロイドは術前から使用することがあります。(悪性リンパ腫疑いなど術前にステロイドが使いにくい状態でなければ。)

 

 

今回はこんなところで。