脳外科 resident notes

若手脳外科医による(基本的に)脳外科レジデントのためのブログ。病気のことや手術のことについて語ります。

術中体位・頭位

脳外科はおそらく、他の外科と比べて、手術室で行う術前の準備が最も大事な科です。

 

他の科との一番の違いは、他部位(腹部など)と比較して頭部は術野が狭く、術野に現れる構造物の可動性が低い点にあります。すると、ある病変部に辿り着きたい場合、そこへ到達できるルートが自然と限られてくるので、体位・頭位を間違えると非常に手術がやりにくくなります。(極端な場合手術遂行が不可能となります。)

 

ちなみに、ある体位・頭位が最良だったかどうかは手術が終わってみないと分かりません。特に困難や障害なく目的を達せられたのならその体位・頭位で正解(少なくとも間違ってはいなかった)ということです。

微妙な角度の違いで手術のやり易さに大きな差が出ますが、術者の好みや個人差もありますし、その辺の微妙な違いは実際に自分が術者となって執刀しないとなかなか実感としては身に付かないと思います。

術前に最良の体位・頭位を取ることはそう簡単なことではないですが、一応原則というものはあるのでそれを挙げていってみます。(流派により様々な意見があるとは思いますが…)

 

・仰臥位か側臥位か(あるいは腹臥位か)

approach routeに従って頸部に無理のかからない体位にします。頭部の回旋が強くなるようなら、ある程度までは肩の下に枕を入れて半側臥位気味にすることで対応し、それでもだめなら側臥位です。後頭蓋窩は外側なら側臥位(park bench position)、正中や後頸部は基本腹臥位。

 

・3点ピン固定か馬蹄形ヘッドレスト

全身麻酔でマイクロ顕微鏡を入れるような手術では3点ピン固定が原則です。また、手術時間が長くなりそうな時も3点ピンです。(馬蹄だと褥瘡リスク+)

局所麻酔で行う穿頭術は原則馬蹄形ヘッドレストです。緊急で大開頭をする手術もそんなに時間はかからないので馬蹄で行います。

3点ピンを打つ位置は未だに最善手を模索中です。hair line内に3点とも収めるポリシーを持つ人や気にしない人(前額部に打っちゃう人)、2点の側を後方にしたり前方にしたりとかなり人によります。要は骨の薄い場所には打たず、しっかり頭部が固定されていて(3点の中を赤道面が通る)、手術中に邪魔にならなければ良いのだと思います。

3点ピンの打ち方はそれで一記事いけそうですね。

 

・上体をやや挙上する

具体的には15度ぐらいでしょうか。これにより頭部の静脈圧が低くなり、静脈灌流が良くなって、静脈性の出血コントロールが(水平と比較して)容易となります。上体を上げ過ぎて静脈圧が大気圧より低くなると静脈内に空気を引き込み空気塞栓を作ると言われていますが、静脈洞に穴でも開いていない限りはチェックバルブのようになって静脈内に空気がどんどん入るという状況はないと思うのですがどうでしょう。個人的には割と静脈性出血コントロールが難しいときは術中にすぐ上体を上げます。(前述の理由で静脈洞からの出血の場合はある程度出血部位をゼルフォームなどでpackingしてからにします。)結構30度ぐらい余裕で上げますが、特に問題が起こったことはありません。

ただ、だからと言って最初から30度も上げていると体位が取りづらかったり馬蹄形ヘッドレストを使用した手術だと体が尾側にズレ落ちたりするので結局初期状態としては15度ぐらいが無難かなというところです。

 

・回旋

sylvian fissureの剥離に関して言えば、最初distalを剥離していく時はあまり回さない(15度程度)方が側頭葉が自重で外側に落ち、sylvian fissureが垂直になるのでやり易いです。proximalに近づくにつれ(ベッドをローテーションして)少し回旋を強くした方がやり易くなります。A-comにapproachする場合、subfrontalから(本当に前方から)approachすると前頭葉のretractが強くなるため、sylvian fissureを開いてから45度ぐらい回旋させ、A1を辿って外側・尾側から見るイメージにするとretractが少なくて済みます。

 

・Vertex down or up

vertexとは頭頂部のことで、頭位を水平位から持ち上げればvertex up、下げればvertex downとなります。ある程度は術中にも上体の上げ下げや自分の視軸を変えることで対応可能なのですが、自分が一番ニュートラルなやり易い姿勢の時に最良と思われる方向で病変が見えるようなvertexの位置を探します。(subfrontalにapproachする可能性があるときはややvertex downとして前頭葉が自重で前頭蓋底から離れる方向に力がかかるようにしてretractを減らしたり、MCA bifurcationの動脈瘤でdistal sylvian approachとして上に凸なM1をM2の間、頭側から確保したい時にはvertex upしたり…)

 

・顎を下げる(引く)

sylvian fissureを分ける場合の話ですが、頭部を回旋した上で顎を引いたほうがsylvian fissureが体軸の方向に寄るので若干側頭葉側の助手が入りやすくなります。

ただし、引きすぎて頸部の屈曲が強くなりすぎると静脈灌流が悪くなると言われているので、下顎と体幹部の間に2横指ぐらいは入る程度に留めておきます。

 

・側屈

内視鏡下経鼻経蝶形骨洞下垂体腫瘍摘出術(eTSS)の際、鼻孔が患者の右側に立つ術者を向くように頭部を少し左に側屈させます。

 

 

後は思いついたら追記

それにしても、大学病院だと常に何かしら仕事があって、「ブログを更新する暇があったらそっちをやろう」と考えてしまい更新できずにいました。市中病院の方が性に合っている気がする…