脳外科 resident notes

若手脳外科医による(基本的に)脳外科レジデントのためのブログ。病気のことや手術のことについて語ります。

止血のコツ

 

止血は手術の流れの中で大事な要素を占めるものであり、手術は止血に始まり止血に終わると言っても過言ではありません。(多分)

 

手術の本質ではありませんが、適切な止血は視野を改善し、出血量を抑え、手術時間を縮め、合併症発生率を下げることで手術全体のqualityを上げます。

 

 

まず、適切な止血方法を選択する前に出血の内容を見極める必要があります。

つまり、以下のポイントを確認します。

 

・どこから出ているのか(出血部位が目視可能か)

血管、静脈洞、骨縁、骨表面の孔など場所に応じて対応が変わります。焼いてもいい場所なのかどうかも重要です。出血点が直ぐに目視出来るか、あるいは目視する必要があるかも考えます。(止血は出血点を確認するのが原則ですが例外もあります)

・出血源が血管であれば静脈性か動脈性か

静脈性であれば焼かずに止められる可能性があるので話が変わってきます。手術台の頭側を上げることで静脈圧を下げるという対応も可能です。

・直ぐに止める必要があるか

凝固系が破綻していなければ(血液内科的な疾患、抗凝固・抗血小板薬などの内服)、少し圧迫しておけば大抵の場合出血は止まります。手術の本筋に影響がなく、自然止血が期待できそうな少量の出血なら、完全に止まるまで待たずにセルシートやサージセルなどを当てておいて先に進むのも判断の1つです。

 

どういった種類の出血なのかが判断さえ出来れば、対処方法は大体決まっています。これは上級医の対応を見て学ぶケースが多いと思います。

 

ここでは前頭側頭開頭でよくある出血の場面を挙げて、対処法の例(あくまで一例)を紹介していきます。

 

 

・皮膚切開時の出血

動脈性に出ていれば毛根に注意してbipolarで凝固します。犠牲にするSTAの分枝は事前に凝固あるいは3-0絹糸などで結紮して切断が望ましいです。皮膚断端からじわじわと出るような出血は皮下の毛細血管ネットワークからの出血なので、いちいち焼くとキリがありませんのでレイニークリップで圧迫止血します。モスキートで広めに挟んで挫滅止血も可。

 

・皮弁翻転時の骨表面からの出血(emissary veinからも含む)

とりあえずmonopolarで焼きます。それで止まればOKで、止まらなければbone waxを塗っておきます。コロラドニードルを使用するとかなり小さい穴の中まで焼けるので完全な止血が得られやすいです。まあほとんど止まっていれば後は開頭してしまえば済む話なので、躍起になって完全に止血する必要はないでしょう。

 

・穿頭時の出血

ドリル使用時に静脈性の出血が出てくるようであればbone waxを用意しておき、ドリルを抜くと同時にburr hole内の骨縁をメインに充填します。burr hole直下のMMAからの出血であればbipolarで焼きますが、硬膜外からの出血のことも多いのでその際はとりあえずbone waxで蓋をしておきましょう。よくある出血ですが、開頭しないと根本的な止血は無理なので圧迫しておき先に進むパターンですね。

 

・開頭時の出血

大体がsphenoid ridgeの骨縁からか、ちぎれたMMAからの出血なので、bone waxとbipolarで対処します。ついでに硬膜上の出血も素早く焼いときましょう。

周囲の骨縁もcheckして板間層から出血があればbone waxを塗り込み(超高齢者では海綿骨がスカスカになるからなのか、骨縁から驚くほど出血することがあります)、硬膜外からの出血はさっさと硬膜を骨縁に吊り上げて止めます(出血点確認できないパターン)。ちなみに、開頭前に骨窓より外側を本当に注意して剥がさないようにすると、ほとんど硬膜外からは出血しません。

板間層からの出血はサージセルをあててbipolarでサージセルを凝固して止血する、という技もあります。

 

・頭蓋底方向、硬膜外腔からの出血

止めにくくて問題になるやつです。とりあえずセルシートなど突っ込んで圧迫しておき(硬膜を必要以上に剥がさないように気を付ける)、上記の止血を確認します(周囲からの垂れ込みもあるとより止血が難しいため。この辺は助手と分担してやる)。sphenoid ridge周囲の骨削除をさっさと進め、この時点で硬膜やMMAからの出血点が確認できれば焼きます。骨からの出血が多いパターンではbone waxを上手く詰めながら骨削除を進めます。水と吸引で視野を確保しながら手早く進めるのが大事です。

MMA以外には中頭蓋底側の骨から出ていることが多いので、出血点を見つけてbone waxを詰めるか、サージセルをあててbipolarで凝固して止めます。

後は止血剤を詰めて硬膜を吊り上げるなど。

その他、extradural temporopolar approachなどで中頭蓋底硬膜を剥がしていく場合、よく静脈性の出血がありますが、これはフィブリン(A液 青)に浸したゼルフォームをその部位にあてて上からトロンビン(B液 赤)をかけることで良好な止血が得られます。これはかなり有効です。

 

・硬膜切開時の出血

硬膜断端からの出血はbipolarで硬膜を挟むようにして焼きます。焼き縮め過ぎると後で縫合しにくくなるので必要十分に。

 

・脳表からの出血

あってはならないことですが、開頭時や術中に挫傷を作ってしまった場合など。極力焼きたくないので、(フィブリン糊付き)サージセル → セルシート被せて吸引しながら軽く圧迫します。ちょっと押さえておけば止血されてその後は圧迫を解除しても問題ないことが多いです。その5-10分も勿体ないので助手に頼んでおいたり脳ベラで押さえて術者は先に進みましょう。

フィブリン糊付きサージセルフィブリラボール(通称のりたま)も便利。

 

・シルビウス裂内の静脈損傷による出血

これも出来る限り避けたいところです。ちぎれてしまっていれば周囲を巻き込まないように気を付けながら焼くしかないですが、表面を傷つけたぐらいなら脳表と同じ対応でOK。

  

 ・血腫除去後の血腫腔内壁からの出血

 水とセルシートで視野を良くして出血か所を探り、血管であれば基本的には焼きます。壁から動脈性に出ているように見える場合は少し壁を吸うと出血点(穿通枝)が明らかになる場合もあります。もちろん脳保護の観点からは望ましくないですがやむを得ないこともあります。

静脈性の出血は何となく時間が経つと止まっていることが多いです。サージセル、セルシートなど当てて別のところを操作しているうちに何となく最後には止まっている、というパターンが実際のところ多いかと思います。

フロシールを血腫腔に入れて止血するのも欧米だとよくやるそうです。何度か使ったことありますが、今のところそこまで恩恵を感じたことはないです…。

 

・静脈洞からの出血

多量に湧き出て焦るやつです。平面に穴があいている場合は焼いても穴が広がるだけで原理上絶対に止まらないので、大きめのゼルフォームにフィブリン糊を付けた上、蓋をするように当てて圧迫しつつベッドを操作してもらって頭部を少し上げておきます。先に頭を上げ過ぎると空気塞栓を理論上は起こすので注意。圧迫して穴を塞いでからならばある程度上げても安心です。

大穴があいた場合はゴアテックス(心膜用)とフィブリン製剤を使って静脈洞を再建する方法を何度か学会で見ましたがまだ試したことはありません。

 

・頭蓋内の細かいところの止血

コツは焼きたいところのすぐ手前にセルシート(ベンシーツ)を置くことです。

まず洗浄吸引から何度も水を出して出血点を同定し、そのすぐ手前までセルシートを移動させ出血が直後に吸引される状態に持ち込みます。その後、バイポーラの先端だけセルシートから出るようにして出血点をピンポイントに焼灼します。

セルシートのおかげで周囲の組織は守られますし、少し出力高めでもOKです。また、バイポーラの先端付近が物に当たっていることで手振れも抑えられます。

バイパスのレシピエントの準備でMCAの細かい枝を焼く際などにも非常に使えるテクニックです。テクニックと言うほど大げさなものではないかもしれませんが。。。

 

 

また思いついたら追記します。