前頭側頭開頭のコツ(one layer)
前頭側頭開頭は、最も脳外科手術で頻用される開頭方法のひとつです。
その名の通り前頭側頭部、いわゆるこめかみの辺りに骨窓を設けることで、シルビウス裂および前頭葉下面、側頭葉先端部辺りを露出させ、病変に到達することを目的とします。
この開頭によるpterional approachにより、同側の中大脳動脈はもちろん、同側の内頸動脈-視交叉から前交通動脈辺りまで脳実質を経由することなく容易に(容易じゃない時もあるけど)露出が可能となります。
動脈瘤の好発部位(A-com、IC-PC、MCA bifurcation、IC-Achor、Basilar tip)に到達できるという意味でこの開頭・approachはよく用いられ、非常に重要なのです。(もちろん動脈瘤手術以外にも登場します)
pterional approachの開頭をしっかり出来るようになることは脳外科医としての1つのステップだと思います。
一言で「出来る」、と言っても実はその意味は2通りあります。つまり、単に手技として指示された場所に安全に骨窓を設けることが出来るということと、病変に到達するために必要なapproach routeを、体位や皮切も含め確立することが出来るということです。
最終目標はもちろん後者であり、本来はそこまで考えた上での開頭なのですが、差し当たっては手技としてしっかり骨窓が作成できるようになることが第一段階なので、まずはそこを目指しましょう。
個人的には、脳外科手術に大事な要素が多く詰まっていて若手のうちから任されるという意味では一般外科の虫垂炎手術にあたるようなものかなと思っています(見当外れかも)。初期に力を入れて自分なりに勉強した記憶があります。
どんな分野の勉強であれ、頻出事項から押さえていくことが、要領よく、効率よくやる上では大事です。(2:8の法則。頻出事項の2割を押さえれば臨床の8割をカバー出来るので、その上でminorな事項を詰めていく。色んな場面に応用が効きます)
ちなみに、このapproachに限らず、「脳槽」という概念が脳外科の手術では重要になります。近代脳外科学の父、Yasargil先生提唱?のこの概念は脳の解剖と平行して頭に入れておくべきものなので、勉強しておきましょう。
うちの医局にあったYasargil先生の教科書とビジュアル脳神経外科1 前頭葉・頭頂葉(メジカル・ビュー社)が理解の助けになりました。
さて、長い前置きはこれぐらいにして実際の手技についてみていきたいのですが、実は施設によってこだわりのポイントがあったり、骨窓を拡大(あるいは縮小)する変法もあったりして、絶対的に確立された前頭側頭開頭の方法というのは存在しません。
私が今いる施設も割と変わった方法を取っているのですが、ここではおそらく最も一般的な前頭側頭開頭(とりあえず今回はone layer)と思われる方法を説明します。(本当に一般的かどうかは知らない)
①体位・頭部の位置を決める
到達したい病変によって変わるので割愛。
そのうちこれで一記事書きます。
②皮切をデザインする
原則として耳前部、頬骨弓上端からhair line内を通って正中(hair line近く)まで至る弧状のlineになります。
注意すべき点がいくつかあります。
・その皮切で皮弁を翻転して眼窩外側、上側頭線起始部のすぐ下(いわゆるpterional approachのkey hole部)が露出されるかどうか
普通は問題ないはずですが、ダメなら皮切を延長します。正中側で正中を超えて少し対側まで延ばすか、尾側で頬骨弓下縁ぐらいまで下に延ばすか。
・顔面神経が切断されないかどうか
これは事前に外表から確認できることではないですが、耳から離れて皮切が前に行くほどリスクが高くなるので、出来る限りhair line内で耳に近い部分を起始部とします。
耳前部から2横指ぐらいまでなら大丈夫だと言われています。(解剖要確認。)
・浅側頭動脈(STA)との位置関係
STAの本幹は避けて、frontal branchかparietal branchのどちらかのみが犠牲になるような皮切にします。あるいはdouble bypassが必要となる可能性があればSTA parietal branchに沿って頭側へ皮切を延ばし、そこから前正中へ向かうような皮切にすることもあります。
事前のCTAを参考に、それでもSTAが分かりづらければドップラーを使用することも。
初心者が意識しづらい追加のポイントとして、皮切の曲率(hair lineからの距離)に応じて側頭葉が露出される程度が変わるという点があります。
hair lineギリギリを通るような皮切にすると、シルビウス裂はもちろん出ますが側頭葉があまり露出されず、骨窓内における前頭葉の割合が大きくなります。それで構わないことももちろんありますが、前頭葉と側頭葉を1:1で露出したいような場合は皮切を上に立ち上げてから前に曲げたり、状況に応じては耳の上を少し後方に回してクエスチョンマーク気味にすることも選択肢としては考えられます。
その他、MCA bifurcationの動脈瘤で母血管であるM1が容易に取れそうかつclipも特に問題なさそうであれば、上側頭線外側のみの皮切(頬骨弓から上側頭線とhair lineの交点にいたるcurved skin incision)として小さめの骨窓にしたり、A-comで高めの時にzygomaやorbitoの外側を外したり。
③皮切を置く
ドレーピング、局所麻酔をして準備が出来たら手術開始と共に帽状腱膜まで切開します。切断されたSTAの断端は焼いておきます。(少しでも出血を避けるという意味では先に確保・処理してから切断、が正しい)
適宜レイニークリップなどをかけ止血します。E入りの局所麻酔が上手く入っていればそこまで出血しません。
レイニークリップはなるべく使用せずにとにかく焼いたり、皮切からニードルの電気メスを使ったりすることもあるようですが、毛根は大丈夫なのでしょうか。いまひとつ美容的観点からの最善手が定まってません。
④皮弁を翻転する
皮切のラインに沿って骨膜・側頭筋を電気メスで切開し、骨から剥離して、一塊(one layer)として前尾側に翻転します。
側頭筋は上側頭線あたりで骨に強く付着しているのでそこは頑張って剥がします。起始部側から剥がすようにするときれいに剝がれます。皮弁はフックなどで前下方に牽引しておきますが、眼球を圧迫することのないよう注意しましょう。
結構bulkyな皮弁になり、状況によっては邪魔になります。なので、その対応策として皮弁をtwo layerにする方法があります。(こちらは次回に解説予定)
⑤burr holeを穿つ
前述したkey hole、上側頭線の直下で皮切との交点付近、皮切の下端付近(側頭骨)の3か所にburr holeを穿ちます。
key holeは、眼窩に近すぎたりパーフォレーターを眼窩方向に向けすぎると眼窩と交通してperiorbitaが出てくるので注意です。
key hole部はburr holeではなくドリルでsphenoid ridgeを削って側頭葉側と前頭葉側の硬膜を出すのもあり。
⑥鋭匙で菲薄化した骨を除去し硬膜を剥離
硬膜剥離子のポイントは、ブラインド操作なので、常に骨に触れている感触を保ちながら剥離するという点です。少しでもヌメっとして骨のカリカリした感じがなくなってしまったら、確実に骨に触れている部分まで戻って剥離し直しましょう。簡単そうに思えてこういう基本が大事です。広く浅くを広げていくイメージで。
sphenoid ridgeは発達していると大抵超えられないので、両側から剥離するに留めておきます。(イメージが湧かないようなら頭蓋骨のモデルを眺めて確認。)
⑦カッターでburr holeを繋ぐ
sphenoid ridgeをまたぐlineは最後にした方が良いと思います。(比較的高確率に中硬膜動脈(MMA)が切断され出血したり、ridgeからも出血するので。)
subfrontalにapproachすることが必要となりそうなら、骨窓はやや眼窩上・前頭蓋底の方を回るようにします。なるべく前頭蓋底近く(眼窩上縁近く)を通るようにすると後々楽です。この際、事前に前頭洞の発達具合を確認しておき、解放しないようにしましょう。開くと面倒です。
また、普通そこまで開窓しないので問題になりませんが、眼窩上神経も眼窩上縁正中辺りから出ているので場合によっては注意です。
sphenoid ridgeを超えられない場合は、両側のburr holeからridgeまでカッターで切り込みを入れ、最後にridgeを骨折させます。
⑧骨弁を外し、止血する
主にMMAや硬膜からの出血をまず止めます。sphenoid ridgeの方向の硬膜外から湧いてくるような出血はこの時点では深くてよくわからないことが多いので、早急に次に進みます。
⑨頭蓋底方向の硬膜を剥離し、骨削除を追加する
血が止まっているならばゆっくりでもいいですが、そうでなければこの辺はさっさとやります。
基本的には、まず前頭蓋底側と中頭蓋底側の骨を削除し、残ったsphenoid ridgeを削るという順序を繰り返します。(平らにしてしまうとsphenoid ridgeを削るとっかかりが無くなって削りにくくなるため)
ある程度削っても出血が続いていれば出血源を探り、凝固可能であれば焼いて、骨からであればbone waxでpackします。さほど勢いがなく硬膜外から少しずつ湧いてくるような出血は薄くしたゼルフォームを詰めて滑り込ませて置いておくと止まったりします。硬膜のつり上げが必要となることも。
sphenoid ridgeをどこまで削るかという問題がありますが、基本的に深さはmeningo-orbital band辺りまで、前頭蓋底と平らになるように、というのが通常の目安のようです。とは言っても目標に応じて削る、というのが間違いのない解答で、A-comが目標であれば前頭蓋底側を頑張ってみたり、IC-PCであればなるべく深めに削ってみたり、MCA bifurcationであればそこまで削除は必要なかったりといった感じです。(それでもproximal確保のため普通は削ります)
⑩十分に骨削除を加えたら(同時並行で)、入念に止血する
硬膜切開の前に、術野に血が垂れ込まないよう丹念に止血します。
⑪硬膜をsphenoid ridgeを基部として切開し、翻転する
見たい部分が十分見えるように切開し、絹糸などで牽引しておきます。
次はtwo layerについて、キモである顔面神経の温存に特に焦点をあてて書いてみます。
ではでは。