脳外科 resident notes

若手脳外科医による(基本的に)脳外科レジデントのためのブログ。病気のことや手術のことについて語ります。

正常圧水頭症1

未だ触れていなかった特発性正常圧水頭症iNPH:idiopathic normal pressure hydrocephalus)について。

 

 

最近知名度が上がり、紹介で外来に来ることも多くなった特発性正常圧水頭症

意外と病態は分かっていないことが多いです。(脳脊髄液循環がそもそもはっきりとは分かっていないので。)

 

以下に挙げる、いわゆる水頭症の3徴が有名です。

 

①歩行障害

「最近だんだん歩きにくくなってきた」というのが主訴になることが多いです。典型的には、椅子から立ち上がるのが上手くいかず(立ち上がろうとして勢いをつけるも足りずにまた後ろに座ってしまう)、立った姿勢は脚がwide baseで、両脚共に小刻みに出しながらの歩行になります。また、方向転換もスムーズにいきません。

パーキンソニズムを呈する疾患や腰からくる歩行障害との鑑別が問題になります。

 

②尿失禁

切迫性尿失禁(尿意を感じるとトイレまで間に合わず直ぐに漏らしてしまう)が見られます。男性だと前立腺肥大症で頻尿+歩行障害でトイレに間に合わない、というパターンとの鑑別が難しいことがあります。さらに進行すると尿意まで感じずに失禁するようになります。

 

認知症

記銘力は保たれることが多く、どちらかというと前頭葉障害が見られます。ぼんやりして発動性が低下するようなイメージです。目がとろんとした感じになり、数を見るとなんとなく目つきで分かるようになってきます。(逆に、シャント手術後に家族が「目つきが良くなった」と言うことが多い)

進行すると食事も摂れなくなり、無為状態になります。

 

 

きれいに3徴揃うことはさほど多くないです。この中のいくつか(歩行障害はあって欲しい)+以下の画像所見があると、iNPHが疑わしいということになります。

 

・側脳室の拡大

・シルビウス裂の開大

・高位円蓋部の脳溝狭小化

・不均等な脳溝の拡大

 

上から3つが揃った脳を冠状断でみると、側脳室体部の断面が通常よりも縦に切れ上がったように見えます。(iNPHの特徴的な画像)

 

 

症状や画像所見でiNPH疑いを引っ掛けたら、基本的にはtap test(腰から髄液を30-40ml抜く)を行います。ついでに髄圧、髄液所見とQueckenstedt test(不要?)を見ておきます。

 

反応が良い人だと髄液をある程度抜いた時点で「頭がすっきりしてきた」「頭の中のもやが晴れた」という訴えがあったりします。

後は、直後からスムーズに起き上がれるようになったり、すいすい歩けるようになったり、受け答えがしっかりするようになったり。そこまでの反応がなくても自覚症状が改善していたり、家族から見て何か改善点があったりすればシャント手術を検討します。(客観的な指標としてはHDS-R、MMSE、TUG testなどが用いられますが、一番大事なのは自覚症状ではないかと思います。)

 

tap testは偽陰性も多いので、明らかにiNPH疑いであってtap testで陰性(改善なし)だった場合はspinal drainageをして反応をみる、ということもします。これでも改善がなければ別の疾患を疑った方が良いかもしれません。

 

 

iNPHは知名度が上がってきたとは言えもちろん未だ見逃されていることも多いです。

比較的簡単なシャント手術で明らかにADLが改善する人がいるので、きちんとpick upして手術を勧めたいところです。

 

 

次回の手術編へ。

 

創傷治癒について

創傷治癒というテーマで色々考えてみます。

 

創治癒の考え方に関しては、私は夏井睦先生の理論が一番理に適っていると思っているので日ごろ参考にしています。知らない方は調べて一度その理論に耳を傾けてみてください。Web pageに治療例も豊富に載ってます。

まだ毎日創部を消毒とかしてる病院ってあるんですかね。(とちょっと煽ってみる)

 

以降の内容をどう取るかは各自の判断でお願いします。

 

 

創が治癒する条件として、

①創縁の面同士が新鮮な状態である(不良肉芽で覆われていたり間に異物が入っていたりしない)

②ある程度の圧力で密着している状態で十分な期間固定される(その期間はDM、ステロイド使用中など創傷治癒を遅らせる因子があれば長くなる)

③固定されている期間、十分な血流が保たれている(白血球、線維芽細胞が十分量到達している)

④初期の創縁内にいる細菌の絶対数がある基準より少ない(その基準は血流が乏しかったり、異物があれば低くなる その基準より多いと感染が成立し治癒が遅延する)

が挙げられるかと思います。

 

 

これを踏まえた上で、よくある創傷治癒遅延につながりそうな状況とその際の正しいと思われる対応を挙げてみます。

 

・離開創を再縫合する場合

何らかの原因で離開した創は既に不良肉芽で覆われていたりして創面から出血もほとんどしていないような状態であることが多いかと思います。そういった赤みがなく血も通っていなさそうな、元気のない創面同士を接触させてもなかなか治癒しません。

こういう場合は創面をトリミングして新鮮な面を出してからあまり阻血にならないようにバイトとピッチを大き目に取って再縫合し、抜糸までの期間を長めに取ります。

 

・屋外で転倒して出来た挫創を縫合する場合

この場合創内に異物および細菌が多数入り込んでいると考えないといけません。まずキシロカインなどで局所麻酔(創面から注射)し、十分な量の生食で創内を洗います。異物を除去し、細菌の絶対数が減ればOKです。創内の消毒は細胞障害により創の治癒を遅延させるのでしません。そもそも顔面・頭部はもともと血流が豊富なので、ちょっとやそっとでは感染なんて起こりません。腹部と違って頭皮はほとんど動かないので、その状態で創縁をきれいに合わせて縫合さえすれば1週間弱で治ります。抗生剤も不要です。(破傷風トキソイドはまた別の話)

 

・創と創が合流してT字になっている部分を縫合する場合

阻血になりやすいので注意が必要です。T字の部分に不要にテンションがかからないよう、皮膚に余裕が出るよう周囲を上手く縫合して寄せていきます。T字の部分は普段より緩めに縫合するぐらいで良いと思います。

 

術直前の抗生剤投与も細菌の絶対数を減らしたりする意味で重要ですね。

 

 

術後の包交についてですが、基本的には創縁からの出血がなければガーゼで覆ったりもせず放置で良いのだと思います。

本当は被覆材を使って湿潤に保ちたいところなのですが、髪の毛があってなかなかそうもいかないので…。

時々痂疲が創内に出来て治癒の妨げになったりするのでそれは除去したり、汚かったら生食で少し洗ったりしてきれいにしておけばOKです。なんなら入浴して洗髪してもらいましょう。前述の通り毎日消毒などしなくても感染なんてしません。そもそも創を上から消毒したところで一時的に無菌になったとしても直ぐ毛穴から常在菌が出てきて表皮を覆うので無意味です。(むしろ常在菌はバリアーの役も果たすので害しかないかも。)

当然ながらエビデンスもない術後の抗生剤は原則不要です。

 

脳室・脳槽ドレーンが入っていても基本的には考え方は同様です。1日1回の消毒に大きな意味があるとは思えません。痂疲、血餅を除去して清潔を保っておけば十分です。ドレーン刺入部から細菌が入り込んで髄膜炎になりそうな印象があるかと思いますが、それで髄膜炎になった経験はほぼありません。

皮下に入れるドレーンは、術後数日の皮下に貯留する浸出液を排出する意図で入れるものなので排液量をみて少なくなっていれば抜去します。

創下に液が貯留すると創部にテンションがかかって創傷治癒遅延・離開の原因になったり、細菌の繁殖する温床となったりするので、これを防ぐ目的ですね。

 

言い忘れていましたが細菌+dead spaceで感染成立という概念も大事です。例えば腹部から脂肪を採取したりした際に、そのまま皮膚だけ縫うと皮下にdead spaceが生じ、そこに浸出液が溜まって万が一細菌が混入したりすると感染が成立します。

正しい対策としては、

吸収糸で脂肪同士を縫ってdead spaceをなくす

and

ドレーンを入れて浸出液を排出する

となります。(創部が小さければドレーンは不要なこともあります)

浸出液を出しているうちに癒着が起こりdead spaceが減少するのを待つ訳です。

 

 

ドレーンについてはまたこれで一記事書けそうなのでまたの機会に。

 

 

あまりまとまりがなかったですが、以上です。

ではでは。

 

脳血管造影検査(アンギオ、DSA)

血管内治療手技は今や脳神経外科領域においてかなり大きな部分を占める要素となっており、今後脳神経外科医としてやっていくのであればその手技の習得は必須です。

私も脳神経外科専門医を取得したらなるべく早めに血管内治療専門医も取得できるよう症例を集めています。(3年目になったら日本脳神経血管内治療学会に入っておきましょうね。正会員歴4年が専門医試験受験条件の1つです。)

 

若手がまず手を出せるようになるのは脳血管造影検査(cerebral angiography、AG、通称アンギオ)でしょう。DSA(Digital subtraction angiography)とも言います。

アンギオは血管を選択して造影剤を流しながら撮影することで、3D-CTAなどよりも詳しい血行動態や(条件が良ければ)穿通枝ぐらい細い血管まで、精細なデータを得ることが出来ます。

 

差し当たっては1人でアンギオが完遂出来るようになるところが最初の目標になります。

 

 

ちなみに、血管内治療は「何をやっているのか」は直ぐ理解出来るようになりますが、そこから「自分で考えて出来る」になるまでに比較的大きなギャップがあります。これは、いざ自分でやってみるとどのデバイスを選択すれば良いか分からないというのが大きな原因の一つです。

なので、血管内治療を見学する機会や治療に参加する機会があれば、そこで使用された道具はすべて把握するようにしたいところです。(道具の形状と長さ、太さ、メーカーなど)

空き箱を見たり、記録を見れば分かります。使用されるデバイスの種類が掴めて来たら、なぜそのデバイスを使うのか?という視点で術者に質問したりしてみると良いでしょう。

血管内治療は与えられた条件から目的を達成するために戦略を立ててデバイスを選んでいく過程も面白かったりするし、そこの論理的思考が特に大事な分野なので参考になると思います。

 

 

では、頭蓋内の造影をする場合を例にとって実際にどのようにアンギオをするか見ていきます。施設によって色々なやり方があるかと思いますので、例によってご参考までに。

解剖の知識の確認とか、3D-CTAなど事前に撮ってあればその確認などという当たり前のことは省きます。

 

 

①場を整えて消毒

モニタリング、穿刺部の確認、前貼り、汚れ防止のシート、動いてしまう人であれば抑制など、後々困らないように整え、消毒します。必要あれば鎮静も。現施設では大腿動脈からアプローチするので、両側鼠径部を広めに消毒しておきます。右橈骨もしくは上腕動脈からやる施設も多いのではないでしょうか。

 

②ドレーピング、道具を準備

道具の準備は①と平行して進めます。デバイスの水通しなどもさっさとやります。

 

③穿刺位置確認、局所麻酔

透視で「大腿骨頭下縁」をチェックします。このライン上で拍動を触れるポイントが実際の穿刺点になります。この点が大腿動脈が浅と深に分岐する前で表層に近い部分に大体なります。(大腿骨頭中心という説もあり)

痩せている人であれば一番触れやすいところでも良いのかもしれませんが、太っていて分かりにくい人などでは良い指標になります。(腹部脂肪のせいで変なところにしわがあったりして紛らわしいので。)

局所麻酔は皮膚表層と大腿動脈周囲に十分に撒きます。

 

④動脈穿刺、シース挿入

なるべく後壁は貫かずに前壁穿刺のみで入れましょう。ワイヤーの走行で蛇行がないかどうか確認し、シースを挿入します。蛇行があり進めるのに抵抗がある時は無理をせず、ある程度外筒まで入っているのであれば内筒を抜いてしまい、ガイドワイヤーとカテーテルを先行させてその後シースを最後まで進めるという手が安全です(8-9Frのシースを入れる際にもかなり有効)。適宜造影も行って走行など確認し、無理なら対側からという手もあります。

うちの施設では診断アンギオでは4Fr short sheathを使っています。

 

⑤ガイドワイヤーとカテーテルを大動脈弓まで上げる

シース内にカテーテルを挿入したらガイドワイヤーを先行させて上げていきます。腎動脈、腹腔動脈に迷入することがあるので気を付けるのと、高齢者では腹部大動脈がかなり蛇行していることがあるので注意です。

ガイドワイヤーの先が上行大動脈辺りまで来たらカテーテルだけを進めてガイドワイヤーをカテーテルの曲がりの前あたりまで引いておきます。

 

⑥腕頭動脈、左総頸動脈、左鎖骨下動脈の順に引っ掛けていく

カテ先端が患者の右頭側を向くようにし、上行大動脈からカテーテルを引いていくと引っかかるところが3ヶ所あると思います。目的の血管に引っかかったらほんの少しカテーテルを戻して(押し込んで)その血管内で安定させ、ガイドワイヤーを進め、カテーテルで追従します。

左総頸と左鎖骨下の起始部は見分けが難しく、ガイドワイヤーを進めてみないと分からないことも多いです。

操作を繰り返すうちに次第に分岐部の解剖が把握できてきます。(事前に弓部のCTやCTAがあると楽ですね)

正面で大体問題ないですが、LAO30°ぐらいにすると3本の分岐が最も分離して見えるようになります。大動脈弓の走行を考えれば当たり前ですが。

 

⑦総頚動脈まで来たら造影して分岐部を確認

内頸動脈に狭窄がないかなど確認します。正面、側面どちらでも良いですがロードマップにしておくと楽です。

 

⑧ガイドワイヤーを外側後方へ向けて内頸動脈を選択する

正面では外側、側面では後方に分岐する方が内頸動脈です。正面から見ると少し外に膨らんでから上顎歯の辺りで内側に向かい、その後また外に向かうような走行であればOK。少し造影して内頸動脈であることを確認して頭蓋内の撮影をします。

追加で、A-comを介したcross flowを確認したいときは、対側の内頸動脈を用手的に圧迫・閉塞した状態で撮影をする「Matas(マタス) test」を行います。バルーンで閉塞させることもあるようですが通常は用手圧迫で問題ありません。

 

これで前方循環はOKとして、後方循環に移ります。

 

⑨どちらの椎骨動脈から造影するか決める

病態にもよりますが、頭蓋内の後方循環を見たいのであればどちらかの椎骨動脈から造影すれば済むので、3D-CTAなど参考にして太い方(dominant側)から造影します。差がなければ左の方が簡単です。(大腿動脈穿刺の場合)

 

⑩椎骨動脈を選択

右:腕頭動脈ではガイドワイヤーの曲がりを下に向け、右総頸動脈分岐部を過ぎたら上後方を向けて進めると椎骨動脈に入ります。

左:左鎖骨下動脈にカテーテルを置いたらガイドワイヤーを上に向けて進めれば大体入ります。(割と筋枝にも入りますが)

分岐が意外と左鎖骨下動脈起始部に近いこともあるので注意。

 

椎骨動脈が鎖骨下動脈から上後方に出ているイメージは持っておきましょう。途中で進まなくなるようであれば筋枝なので引き返しましょう(椎骨動脈の蛇行が強くて上がらない場合もある)。内胸動脈に入ってしまうこともあります。また、血管分岐、カテーテルの角度的にどうしても右腕頭動脈から鎖骨下の方に抜けられず右総頚動脈にガイドワイヤーが進んでしまうこともあります。

椎骨動脈は内頸動脈より細く、攣縮も起こしやすいのでより愛護的に操作する必要があります。

下顎のラインあたりにカテーテル先端を置いて造影します。

こちらも追加でP-comの有無を見たいときは、見たい側の内頸動脈を用手的に圧迫して閉塞させた状態で造影する「Alcock(アルコック、オルコック) test」を行います。正面だと分かりにくいので側面で撮影します。P-comがあればそれを介して前方循環へ血流が認められます。

 

⑪終了したら最後にシースを抜去して圧迫止血

シースのFr数×3分ぐらいが目安だそうですが、4Fr程度なら10分もかからず大体止まります。

血管の穿刺点をしっかり指先で触れながら押さえます(当然ながら皮膚の穿刺点ではない)。シースが入っている状態からシースを触知し、押さえた状態でシースを抜くと皮下に血液の漏れが少なく済みます。

「①強く押さえて血流が止まる感じ(収縮期血圧以上の圧迫圧)」、「②少し緩めて狭いところを血流が通る感じ(中間圧)」、「③血管壁を軽く圧迫して本来の血流は戻っているけど外には漏らさない感じ(拡張気圧ぐらいの圧迫圧)」が分かるようになりましょう。

止血時間を3分割し①→②→③の順に軽くしていく感じが原則となります。「指先に血小板の凝集を感じろ!」って誰かが言っていました。

その後はアンギオロールなどをテープで圧迫固定して数時間後(大腿動脈穿刺では6時間後が多いでしょうか)に安静解除します。8Frとか太目のシースが入っていた場合は止血デバイス(Angioseal、Perclose)が便利です。(圧迫し続ければ手だけでも一応止められます)

 

 

途中造影の後にガイドワイヤーをカテーテル内に入れる前にヘパリン加生食でフラッシュしておくこととか(持続灌流をしていない場合)、その際はカテーテルを大動脈弓に降ろしておいた方が良いとか、細かいポイントはいくつもあるのですが網羅しきれませんね。

 

 

とりあえず以上!

専門医試験受けるためにはAG300件必要なんですよね…

(追記:その後200件になりました)

今度トラブルシューティング編書きます。

 

止血のコツ

 

止血は手術の流れの中で大事な要素を占めるものであり、手術は止血に始まり止血に終わると言っても過言ではありません。(多分)

 

手術の本質ではありませんが、適切な止血は視野を改善し、出血量を抑え、手術時間を縮め、合併症発生率を下げることで手術全体のqualityを上げます。

 

 

まず、適切な止血方法を選択する前に出血の内容を見極める必要があります。

つまり、以下のポイントを確認します。

 

・どこから出ているのか(出血部位が目視可能か)

血管、静脈洞、骨縁、骨表面の孔など場所に応じて対応が変わります。焼いてもいい場所なのかどうかも重要です。出血点が直ぐに目視出来るか、あるいは目視する必要があるかも考えます。(止血は出血点を確認するのが原則ですが例外もあります)

・出血源が血管であれば静脈性か動脈性か

静脈性であれば焼かずに止められる可能性があるので話が変わってきます。手術台の頭側を上げることで静脈圧を下げるという対応も可能です。

・直ぐに止める必要があるか

凝固系が破綻していなければ(血液内科的な疾患、抗凝固・抗血小板薬などの内服)、少し圧迫しておけば大抵の場合出血は止まります。手術の本筋に影響がなく、自然止血が期待できそうな少量の出血なら、完全に止まるまで待たずにセルシートやサージセルなどを当てておいて先に進むのも判断の1つです。

 

どういった種類の出血なのかが判断さえ出来れば、対処方法は大体決まっています。これは上級医の対応を見て学ぶケースが多いと思います。

 

ここでは前頭側頭開頭でよくある出血の場面を挙げて、対処法の例(あくまで一例)を紹介していきます。

 

 

・皮膚切開時の出血

動脈性に出ていれば毛根に注意してbipolarで凝固します。犠牲にするSTAの分枝は事前に凝固あるいは3-0絹糸などで結紮して切断が望ましいです。皮膚断端からじわじわと出るような出血は皮下の毛細血管ネットワークからの出血なので、いちいち焼くとキリがありませんのでレイニークリップで圧迫止血します。モスキートで広めに挟んで挫滅止血も可。

 

・皮弁翻転時の骨表面からの出血(emissary veinからも含む)

とりあえずmonopolarで焼きます。それで止まればOKで、止まらなければbone waxを塗っておきます。コロラドニードルを使用するとかなり小さい穴の中まで焼けるので完全な止血が得られやすいです。まあほとんど止まっていれば後は開頭してしまえば済む話なので、躍起になって完全に止血する必要はないでしょう。

 

・穿頭時の出血

ドリル使用時に静脈性の出血が出てくるようであればbone waxを用意しておき、ドリルを抜くと同時にburr hole内の骨縁をメインに充填します。burr hole直下のMMAからの出血であればbipolarで焼きますが、硬膜外からの出血のことも多いのでその際はとりあえずbone waxで蓋をしておきましょう。よくある出血ですが、開頭しないと根本的な止血は無理なので圧迫しておき先に進むパターンですね。

 

・開頭時の出血

大体がsphenoid ridgeの骨縁からか、ちぎれたMMAからの出血なので、bone waxとbipolarで対処します。ついでに硬膜上の出血も素早く焼いときましょう。

周囲の骨縁もcheckして板間層から出血があればbone waxを塗り込み(超高齢者では海綿骨がスカスカになるからなのか、骨縁から驚くほど出血することがあります)、硬膜外からの出血はさっさと硬膜を骨縁に吊り上げて止めます(出血点確認できないパターン)。ちなみに、開頭前に骨窓より外側を本当に注意して剥がさないようにすると、ほとんど硬膜外からは出血しません。

板間層からの出血はサージセルをあててbipolarでサージセルを凝固して止血する、という技もあります。

 

・頭蓋底方向、硬膜外腔からの出血

止めにくくて問題になるやつです。とりあえずセルシートなど突っ込んで圧迫しておき(硬膜を必要以上に剥がさないように気を付ける)、上記の止血を確認します(周囲からの垂れ込みもあるとより止血が難しいため。この辺は助手と分担してやる)。sphenoid ridge周囲の骨削除をさっさと進め、この時点で硬膜やMMAからの出血点が確認できれば焼きます。骨からの出血が多いパターンではbone waxを上手く詰めながら骨削除を進めます。水と吸引で視野を確保しながら手早く進めるのが大事です。

MMA以外には中頭蓋底側の骨から出ていることが多いので、出血点を見つけてbone waxを詰めるか、サージセルをあててbipolarで凝固して止めます。

後は止血剤を詰めて硬膜を吊り上げるなど。

その他、extradural temporopolar approachなどで中頭蓋底硬膜を剥がしていく場合、よく静脈性の出血がありますが、これはフィブリン(A液 青)に浸したゼルフォームをその部位にあてて上からトロンビン(B液 赤)をかけることで良好な止血が得られます。これはかなり有効です。

 

・硬膜切開時の出血

硬膜断端からの出血はbipolarで硬膜を挟むようにして焼きます。焼き縮め過ぎると後で縫合しにくくなるので必要十分に。

 

・脳表からの出血

あってはならないことですが、開頭時や術中に挫傷を作ってしまった場合など。極力焼きたくないので、(フィブリン糊付き)サージセル → セルシート被せて吸引しながら軽く圧迫します。ちょっと押さえておけば止血されてその後は圧迫を解除しても問題ないことが多いです。その5-10分も勿体ないので助手に頼んでおいたり脳ベラで押さえて術者は先に進みましょう。

フィブリン糊付きサージセルフィブリラボール(通称のりたま)も便利。

 

・シルビウス裂内の静脈損傷による出血

これも出来る限り避けたいところです。ちぎれてしまっていれば周囲を巻き込まないように気を付けながら焼くしかないですが、表面を傷つけたぐらいなら脳表と同じ対応でOK。

  

 ・血腫除去後の血腫腔内壁からの出血

 水とセルシートで視野を良くして出血か所を探り、血管であれば基本的には焼きます。壁から動脈性に出ているように見える場合は少し壁を吸うと出血点(穿通枝)が明らかになる場合もあります。もちろん脳保護の観点からは望ましくないですがやむを得ないこともあります。

静脈性の出血は何となく時間が経つと止まっていることが多いです。サージセル、セルシートなど当てて別のところを操作しているうちに何となく最後には止まっている、というパターンが実際のところ多いかと思います。

フロシールを血腫腔に入れて止血するのも欧米だとよくやるそうです。何度か使ったことありますが、今のところそこまで恩恵を感じたことはないです…。

 

・静脈洞からの出血

多量に湧き出て焦るやつです。平面に穴があいている場合は焼いても穴が広がるだけで原理上絶対に止まらないので、大きめのゼルフォームにフィブリン糊を付けた上、蓋をするように当てて圧迫しつつベッドを操作してもらって頭部を少し上げておきます。先に頭を上げ過ぎると空気塞栓を理論上は起こすので注意。圧迫して穴を塞いでからならばある程度上げても安心です。

大穴があいた場合はゴアテックス(心膜用)とフィブリン製剤を使って静脈洞を再建する方法を何度か学会で見ましたがまだ試したことはありません。

 

・頭蓋内の細かいところの止血

コツは焼きたいところのすぐ手前にセルシート(ベンシーツ)を置くことです。

まず洗浄吸引から何度も水を出して出血点を同定し、そのすぐ手前までセルシートを移動させ出血が直後に吸引される状態に持ち込みます。その後、バイポーラの先端だけセルシートから出るようにして出血点をピンポイントに焼灼します。

セルシートのおかげで周囲の組織は守られますし、少し出力高めでもOKです。また、バイポーラの先端付近が物に当たっていることで手振れも抑えられます。

バイパスのレシピエントの準備でMCAの細かい枝を焼く際などにも非常に使えるテクニックです。テクニックと言うほど大げさなものではないかもしれませんが。。。

 

 

また思いついたら追記します。